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家守綺譚

家守綺譚 (新潮文庫)家守綺譚 (新潮文庫)
(2006/09)
梨木 香歩

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しんとした、静謐な世界。

水墨画のような風景の中、風がさわさわと庭を通り抜け、池でとぷんと小さく水が跳ねて波紋が拡がる。
そこではサルスベリの木が人に懸想をし、河童がしばし逗留し、もちろん狸は人を化かす。
そして座敷の掛け軸の中から、湖で行方不明になったはずの友人が、何気にボートを漕いでやってくる。
一見すると怪談かとも思われるような物語が、ここではごく当たり前の情景として静かに語られるのだ。

昔、少し生け花を習っていたことがある。
そこの先生がおっしゃられていたのだが、植物にはどうも
「手を嫌う」
ということがあるらしい。人参などは、蒔き手によっては全く芽を出さないそうな。
嘘か本当かわからないが、相性、というものは、確かに植物と人の間にもあるのだろう。
そしてそれはもちろん、動物と人の間にも存在する。
ゴローが何を思って綿貫の家に居つくことにしたのか、それは常人には知り得ぬことだけれど、ゴローはたいへん偉大な犬であるので、綿貫の中にある無防備なまでの率直さ、柔軟さを直感で嗅ぎ取ったのだろう。

実際、綿貫は大した人物だと思う。
諸々の不思議を不思議のまま、「そんなものか」と素直に受け容れる。
そしてそのような柔軟さを保ちながらも、安逸とした生活への心惹かれるいざないを良しとせず
「こういう生活は、わたしの精神を養わない」
と言い切る凛とした潔さも同時に持っている。
確かに彼は立派に「家守」なのだ。

精神の高みを目指しつつも、 少欲知足の生活を守る。
欲しいものは何でも望めば簡単に手に入る、便利な生活に慣れた今の私たち日本人が
少し昔に置いてきてしまった"慎ましさ"に、ここで出会う。

すっと喉を過ぎ、いつのまにか身体中に染み渡る
清浄な水のような、そんなしずかな文章に心満たされた。
そのすべてに圧倒されつつ、身を任せるのがこの物語を読む幸せ。

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エンジェル・エンジェル・エンジェル

エンジェル・エンジェル・エンジェル (新潮文庫)エンジェル・エンジェル・エンジェル (新潮文庫)
(2004/02)
梨木 香歩

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こんなCMを見たことがある。

お母さんが自分の若い頃の写真を持ってきて
「ほら、これお母さん。昔はこんなに細かったのよ~」
とドヤ顔で我が子に自慢する。
すると子どもはこう吐き捨てるのだ。
「え?お母さんて若い頃あったん?」
それを聞いたお母さん大ショック、みたいな。

そう、もちろん誰にだって若かった頃はある。
シワシワのお婆ちゃんだってある日突然しわくちゃになったわけではなく、ほやほやした赤ん坊の頃がちゃんとあったし、花も恥じらう娘盛りだってあったのだ。
私だって昔から今みたいなヒデヨシ@アタゴオル体型じゃなく、若い頃は…げふんげふん。いやそれはどうでもいい。

家の物置から持ち出した古いサイドテーブルと熱帯魚の水槽から出るモーター音が、ばあちゃんを遠い昔に引き戻す。
ある日突然、自分を「さわちゃんって呼んで」と少女のような顔で孫に告げる。
それは、医学的に見れば単なる痴呆の症状であったかもしれない。

けれど。

思えば私は生まれてからこれまで、色んな場所に想いを残してきた。
母と夢中になってヨモギを摘んだ田舎の畦道。楽しくて楽しくて、帰りたくないもっと遊んでいたいと思ったあの場所。
高校1年の頃、父親の転勤で遠く離れた場所に引っ越すことになり、当時の親友と泣きながら別れたフェリー乗り場。
大好きで夢中になったロックバンドの解散ライブ会場。
もう会えないのなら、ここで死んでもいいと思った。

思い出の場所には、当時の自分が、その頃の姿のまま、今も佇んでいる気がしてならない。

コウちゃんの引っ張り出してきた古いサイドテーブルには、ばあちゃんの強い強い想いが残っていた。
そこに留まっていた想いが、ばあちゃんの魂を、遠い過去に引き戻したのではないかと私は思う。

過去の思い出は、美しいものばかりではない。
あの時ああすればこうしていれば…。
そんな悔恨の念にかられるばかりの思い出も、きっとだれにでもあるだろう。

ばあちゃんは、赦されたかった。謝りたかった。
過去の自分の過ちを。
それがきっと今生の最後の悔いだったのだろう。
天使のようだと言われたばあちゃんは、けれど自分は悪魔に魂を捧げてしまったのだと長いこと苦しんでいた。

間違わない存在などない、と私は思う。
人であれ何であれ。みんな生きるのは初めてで、一瞬先には経験がないから一歩一歩手探りで進むしかない。
だから間違う。傷つく。傷つけてしまう。

誰もが誰かを赦したいと思っている。
そして赦されたいと願っている。

人も動物も、恐れ多くも神様さえも、過ちを赦されたいと希っているのではないかと

読み終えて、はらはらとこぼれ落ちる涙をぬぐうこともなく、ぼんやりと母の写真を眺めていた。


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りかさん

りかさん (新潮文庫)りかさん (新潮文庫)
(2003/06)
梨木 香歩

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私は小さい頃から人形がニガテだった。というより全く興味がなかった。
全然可愛いとは思えなかったしむしろ怖かった。記憶にある人形はたった一体のみ。母の入院中に親戚の伯母に買ってもらったリカちゃんに似た人形。けれどその人形を可愛がったかと聞かれれば、全く思い出せない。着せ替えなどして遊んだ記憶もない。

そんな私が、今何故かお人形にハマっている。リカちゃんもジェニーちゃんも可愛いと思える。猛烈に着せ替えをしたい衝動に襲われる(笑)。そして実際にブライスを一体購入するに至り、あまつさえアウトフィットと言われる着せ替え用の服をあれこれ物色している有様。
一体これはどういうことだろう。自分でもその心境の変化(というより変貌)の理由がわからなかったのだが、この本を読んでその理由が何かわかったような気がする。

昔の私は非常に鋭利で、目一杯突っ張っていて(ハタから見れば全くそんな風には見えなかっただろうが)お人形を可愛いと思えるような心の余裕が全くなかったのだ。
日米親善のために日本に送られることになった人形を「ごめんなさいかわいいと思えない」と悲しい顔で言うユダヤ人女性のくだりで私はハッとした。
私も、立場は違えどこの女性と似た部分があったのかもしれない。

「でも、人形の本当の使命は生きている人間の、強すぎる気持をとんとん整理してあげることにある。木々の葉っぱが夜の空気を露に返すようにね」
「ほら、ノートに濃いサインペンで書いて、下の紙に移ることがあるだろう。濃い色の染めを薄い色のものといっしょに洗濯すると色が移ることがあるだろう。それと同じ。あんまり強すぎる思いは、その人の形からはみ出して、そばにいる気持の薄い人の形に移ることがある。それが人形」
「人形遊びをしないで大きくなった女の子は、疳が強すぎて自分でも大変。積み重ねてきた、強すぎる思いが、その女の人を蝕んでいく。」


うん、ほんとそうかもしれない。逆に言えば、だからこそ今、私にとって"人形"が必要なのかもしれないなと思う。

読む人によって好みははっきり分かれるだろうけど私にとってはいろんな発見があって目から鱗なお話だった。
ちょっと古風な文体にも惹かれる。
私は元々何にでもバカ丁寧に「お」を付けるような上品ぶった物言いは好きではないのだが、この物語の中でごく自然に使われる「お細工もの」「お道具」と言った言葉遣いは何故かとても美しく穏やかで心にすっと響いた。

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西の魔女が死んだ

西の魔女が死んだ (新潮文庫)西の魔女が死んだ (新潮文庫)
(2001/07)
梨木 香歩

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以前人から薦められていたものの機会がなく読んでなかった本。
読んで良かった。

「心が洗われたような」という表現はあまり好きではないが、当にそんな気持ちにさせられた。
一度洗濯機でがぁぁぁっと洗ってよく晴れた空の下で干したような。

結末はあらかじめわかっている。それでも最後はやはり泣けた。
泣けたけれどもそれはどちらかと言えば清々しい悲しみ。

「おばぁちゃん大好き!」
「アイ、ノウ」

西の魔女の優しい言葉が心に沁みる。

強い人間になるコツは、日常を規則正しくきっちり過ごしていくこと。

そうだな、こんな本に中学生の頃出会いたかった。あの頃この本を読めていたらもっと違う、もっとマシな生き方が出来たかもしれない、そんな風に思う。
でもまだ遅くないかな。私も魔女修行をしよう(笑)。胸を張ってきちんと生活しよう、とても素直にそう思えた。

そういう意味で、この本は、薄いけれども私にとってとても重い一冊になった。


心に沁みた西の魔女の言葉
「サボテンは水の中に生える必要はないし、蓮の花は空中では咲かない」
「自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありません」
「シロクマがハワイより北極で生きるほうを選んだからといって、だれがシロクマを責めますか」

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裏庭

裏庭 (新潮文庫)裏庭 (新潮文庫)
(2000/12)
梨木 香歩

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「テル・ミィ」
「アイル・テル・ユウ」

読後しばらく茫然としていた。これほんとに児童文学なのか?
ストーリー的には確かにそれほど難解ではないし子供が読んでも十分楽しめるものだと思う。
だけどこの本に託された本当のメッセージは、これは子供のためのものではないだろう。
そもそも大人、子供という分け方にもあまり意味はないとは思うけど。
人間なんていくらトシとっても結局大人な皮をかぶった子供に過ぎない気がするし。
という意味でこれはいろんな経験を経てたくさんの傷を負ってしまった、一見大人の顔をした子供にこそ読んでもらいたい、そんなお話。

そこかしこに散りばめられたメタファーは児童文学だけあってわかり易い。
わかり易いが故の説教臭さは、これはもう児童文学の宿命で仕方ない部分はある。
そういう部分を割り引いても、この物語はファンタジーの最高峰と言っていいと思う。

"主人公が異世界での冒険を通じて心の傷を乗り越え成長する"
そこだけ見れば「千と千尋」に通じるような部分もある。
けれどこれは読み込めば読み込むほど相当ダークで重く深いことに気付き茫然となるのだ。
心の中に、ある種の疎外感、孤独感を感じている人ならかなりツボに嵌ること請け合い。
だけど多くは語りたくない。語る端から何かがこぼれていってしまう気がする。百聞は一見にしかずと言うことでもあるし。

人にとって本当に大切なのは「前庭」ではなく「裏庭」。
「裏庭」はバックヤードなどではなくそれこそが本来の「ガーデン」なのだ。
マーサの言葉に大きく頷いてしまった。

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Author:道楽猫
日々子育てに仕事に大忙し。
でも家事は忘れても(・_・)読書は忘れない。
そんな道楽猫が、日々の暮らしの隙間をぬって読んできた本の感想を留めたくて開設したブログです。

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