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黒き鷲獅子 (ヴァルデマール年代記/魔法戦争1)

黒き鷲獅子 上 (ヴァルデマール年代記/魔法戦争1) (創元推理文庫)黒き鷲獅子 上 (ヴァルデマール年代記/魔法戦争1) (創元推理文庫)
(2013/05/30)
マーセデス・ラッキー、ラリー・ディクスン 他

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黒き鷲獅子 下 (ヴァルデマール年代記/魔法戦争1) (創元推理文庫)黒き鷲獅子 下 (ヴァルデマール年代記/魔法戦争1) (創元推理文庫)
(2013/05/30)
マーセデス・ラッキー、ラリー・ディクスン 他

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現実離れしててついていけないからファンタジーやSFは嫌い、という人がいます。
特にファンタジーは子ども騙しだと毛嫌いする人も。

いやー実にもったいない!

「ヴァルデマール」シリーズは確かにファンタジーですよ。グリフォンとか魔法使いとかバンバン出てきますからね。そりゃ有り得ない世界のお話ですよ。

でもね。単なる御伽噺じゃないんだな。
作中に登場する人間も動物たちも、現実世界の我々と何ら違いのない感情を備えていて、それぞれが悩み苦しみ、時には大笑いし、涙を流し、愛を育んでいくんですよ。

だからタンスに潜ったら異世界に辿り着くことも、そらたまにはあるっちゅーねん!
(いやないっちゅーねん)
それのどこがあかんねん。
(あかんとは誰も言うとらんちゅーねん)
ぜえぜえ…。(落ち着け)
↑作中では、こんなふうに()付で自己突っ込みが多発します。


で、この「黒き鷲獅子」シリーズは、ヴァルデマールの世界の中でも最も古い時代の魔法戦争のお話。
これまで伝説の中でしか登場しなかった、"沈黙の魔法使い"アーゾウが、初めて血肉を備えた人物として登場します。
しかも、蓋を開ければ結構きさくな普通のオッサンだったとか!
自分の生み出した生物に出し抜かれるとか結構お間抜け。
なんだこの親近感…。


もちろん、他の登場人物たちもそれぞれ個性的で魅力的。
主人公的位置付けの黒鷲獅子スカンドゥラノンを始め、"みにくいあひるの子"を地でいくザニール、天賦の癒しの力を如何なく発揮しつつも孤独にさいなまれる"琥珀の竜"、痒いところに手が届くまめまめしさとユーモアのセンスを併せ持つ、心優しいトカゲ族のゲステン。
これら多彩な登場人物(と人外)の織り成す人間関係(と人外関係)を元に、作者は現代に生きる我々にも通じる様々な問題にも言及していくのです。

いつの時代にも親は子どもを自分の複製物であり所有物であると勘違いする。そして子どもはそんな親を蹴倒して(もちろん精神的にです)飛び立ってゆく。
いつの時代にも異質なもの、弱いものをいじめ、排除しようとする構造がある。

それでも、それでも…。
どんな時代、どんな世界にも、生けるものの間には愛が育まれ、切っても切れない情も生まれるのです。
エンディングに向かっての息詰まる展開、父と子の絆の深さには、ただただ涙するしかありませんでした。

黒(そして白?)グリフォンたちの明日はどっちだ!

ああー、続きはやく読みたい!

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宵山万華鏡

宵山万華鏡宵山万華鏡
(2009/07/03)
森見 登美彦

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夏は何となく苦手だ。
暑いからというだけではなく、まるでアイスクリームのように、なにもかもがゆるゆるどろどろと溶けて混じりあってしまうような、あの弛緩した感じが嫌なのだ。

まして舞台は京都なのである。
そりゃあ祭りともなれば、この世とこの世ならざる世界との境目も曖昧になって混じりあってもしょうがないさ。何が起こっても不思議じゃない。
ついでに私は「非日常なら多少のことも許される」みたいな"無礼講"という便利な言葉も苦手だけれど、それもやっぱりモリミーだからしょうがないと思えてしまう。
ノビ太少年に付き添うドラえもんの心境てこんなんだろうか。
「もう、しょうがないなぁモリミーくんは」

ところで私は昔から割と慎重派である。つまり気が小さい。
冒険心などまるでない(海賊王に、オレはなれない(・_・))。
小さい頃から規則正しく慎ましやかに日常を何となくこなすタイプだったので、大失敗も少ない代わりにあまり面白いことにも遭遇してこなかった。
逆に私の姉は活発で男の子のように冒険心に富んでいて、色々悪事を重ねては後で親からこっぴどく叱られるタイプであった。その分面白い子ども時代を過ごしたことだろう。
つまり私と姉はそのままリアル「宵山姉妹」なのだった。
そして憐れな妹は、まんまと事件に巻き込まれてしまうのが常。
あーあ、とは思うのだけど、一緒にいるとほんのちょっと"面白いこと"のお相伴にはあずかれるわけだ。
そいでもって、常に刺激を求めて止まない姉は、非日常にたっぷりと浸って存分にスリルと冒険を堪能するのよね。自分で代償を支払う覚悟があるなら、それもまた良し。
得るものが多いということは、それだけ失うものもまた多いということなのだから。
世界はそうやって均衡を保っている。

それはともかく。
この世と呼ばれる日常の世界の、ほんの隣りには、きっと"この世ならざる"非日常の世界がひろがっている。
そしてそのあいだには結構深い川が横たわっていて、近くにあるのに普通は辿り着けない。

と、私は思っている。
"平穏な日常"が何より大切な私には、たぶん死ぬまで縁のない世界。
いいんだ私はこうやって本の中でたっぷりと非日常の世界に浸かっているのだから。


だけども

なんかのはずみで

ほんのデキゴコロで

はたまた弛緩した夏の悪戯で

ふとその境界を超えてしまったとしたら

ただのヒトである私だって、常ならざる存在に出会えることもあるかもしれない。


果たしてそれを僥倖と呼ぶのか、はたまた災厄と感じるのかは、その時になるまできっとだれにもわからない。


そういえば、私には、ずっと探しているモノがある。
おそらく私が暮らす世界では決してもう出会えないもの。
そこへ行けば、私もそれを見つけることができるだろうか。


"ほんのデキゴコロ"が芽生えた時には
懐かしい万華鏡を覗いてみることにしよう。

戻ってこれなかったらごめんなさい。

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告白

告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)
(2010/04/08)
湊 かなえ

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非常に抑えた静かな筆致の中に、作者の怒りを確かに感じた。
感じ取ることができた私もまた、同じ怒りの中にいる。
そういう意味で、ずい分話題からは乗り遅れてしまったが、私にとってはタイムリーな作品。

世の中では、毎日様々な事件が起こっている。
ビックリするような大事件から、微笑ましいものまで、新聞の三面記事を斜めに読むだけでも相当の時間を要するほどである。
けれども、そのどれもが、大多数の人間にとっては、自分とは直接関わりのない事件だろう。
言わば、俯瞰しながら冷静に見られるはずの立場である。
にも関わらず、多くの人間が、"だれもが認める残忍な事件に限って"そこに無理矢理割り込み、あたかも当事者のごとく参加したがるのは何故だろう。

このところワイドショーを騒がせていたのは、クラスメートのいじめによる、ある中学生の自殺事件。
私も、子どもを持つ親として、この事件には大いに興味があるし、胸を痛めた。
加害者には相応の制裁を。
それは人として尤もな感情である。
けれど、その事件に関しては、私はあくまでも無関係のその他大勢の一人であり、加害少年を裁く立場にはない。
純粋に関係者と呼べる人数は、そう多くはないはずである。
にも関わらず、事件があった学校や関係者の勤め先には連日非難の電話が押し寄せているという。
ネットの論調も激しい。加害者の氏名や住所を公開し、「集団リンチに遭っても仕方がない」「制裁を!」と声高に叫ぶ。

「告白」の中にもそれと同じ構造がある。
クラスメートによる、加害少年へのいじめ。
最初の一人として声を上げる勇気など微塵もないくせに、だれかが口火を切れば「我も我も」と後に続く。
「こいつは罪人なんだから当然の報いだ」
というのが彼らの主張だ。

たとえ"いじめられる方に原因があろうと"いじめはいけないことだ

とエラそうに主張する自分たちが、同じことをしているという矛盾には全く気付かない。
制裁を与える権利があるのは当事者だけである。無関係の者が手を下せば、それはただの"いじめ"と何ら変わりない。新たな加害者と被害者が生まれるだけだ。私はそう思う。
圧倒的に「正義」の立場に立つと、だれもがそれを振りかざしたくなる。そして弱小意見を排斥し始める。恐ろしい集団心理だと私は常々思っている。

だれもが自分を正義の側におきたがる。
世界の内紛を外側から見ている時にはだれでも「どっちもどっち」なんてお気軽に論評するくせに、問題が、ことご近所や職場になると途端に「私は悪くない。あの人が悪い」と責任転嫁に忙しくなる。
正義も自分を出発点におくと、あっという間に胡散臭いものに転ずるのだ。

ひとつの事件が、立場を変えると様々な様相を呈する。
この物語でも、様々な関係者が一様に自己の正当性を主張する。
「自分はこんな生い立ちだから」「あの人がこうだったから」こうなったのだ、と。
実に胸糞悪い。
私は、何かが起こったとき、それをどう捉えるかは自分次第だと思っている。相手は関係ない。
その意味で、元担任の行為はある意味あっぱれではある。
だが、直接刺し違えるほうが、余程良い仇討ちであったろうと思う。

強い余韻は残るが、後味は良くなかった。

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ソロモンの犬

ソロモンの犬 (文春文庫)ソロモンの犬 (文春文庫)
(2010/03)
道尾 秀介

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表紙のわんこにそそられます。

でも、子どもが死ぬ話はイヤだなぁ。
このお話の中では必然だったかもしれないけれど、死ななくても良かったんじゃないのかなぁ。もっと他の方法はなかったのかなぁ。
甘いのかもしれないけれど、悪いことをしていない者が救われないというのは、私は好きじゃないです。
それが動物や子どもだと、更に切ないです。
その部分が邪魔して、これを青春群像劇と呼ぶにはちょっと…と私は感じました。
面白かったんだけど、手放しで「あー面白かった」とは言えない。
そんな感じ。なんだかモヤモヤするのです。

けれど、主人公には好感が持てるし、他の登場人物もなかなか個性的で、作品自体は良い感じでした。
特に間宮教授が味わい深いです。

少年の死は本当に事故だったのか。
すべてを知っている犬のオーピーの話が聞けたら。
そこから、動物と会話が出来るようになるという「ソロモンの指輪」の逸話が出てくるわけですが、実はみんな元々「ソロモンの指輪」を持って生まれてきているのよね。
五感と更に第六感も寄せ集めて脳を働かせれば、犬の気持ちや行動の理由はきっと理解できる。
そしてそれは動物に対してだけではなく、人にも当てはめることができる。
要は観察力だと思います。
漫然と"見て"いるだけでは何もわからない。
うーん、何だかナショナルジオグラフィックチャンネルの「カリスマドッグトレーナー」シーザー・ミランを思い出しました。
彼も、常に犬の行動をよぉぉく観察します。耳の向き、尻尾の位置、目の動き、鼻の動き。何一つ見逃さない。
そして「この犬は今こう思っている」と判断し、犬に合った方法を採る。
いつも凄いなぁと思うんだけど、それって別に魔法でも何でもなく、観察の結果なのよね。

私は、いつもぼへーっと生きているので、なかなか観察力が研ぎ澄まされない。
シーザーや間宮教授を見習わねば。ねば。

閑話休題。

さすが道尾作品らしく、仕掛けは幾重にも施されています。
「えっ!?」とビックリした後、またまたどぱーんと「ええーっ!?」の波が来ます。
一粒で二度美味しい。

だけどなぁ。
やっぱり一番弱い者が一番悲しい目に遭うお話というのは、ちょっとなぁ、という思いが最後まで付き纏い、付き纏い…なんだか胸の痛みがいつまでも消えないお話でした。

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魔法の代償

魔法の代償 上 (最後の魔法使者3) (創元推理文庫)魔法の代償 上 (最後の魔法使者3) (創元推理文庫)
(2012/02/18)
マーセデス・ラッキー

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魔法の代償 下 (最後の魔法使者3) (創元推理文庫)魔法の代償 下 (最後の魔法使者3) (創元推理文庫)
(2012/02/18)
マーセデス・ラッキー

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本が好き!」さんから献本いただきました。感謝!

「最後の魔法使者」シリーズもいよいよ大詰め。
前作「魔法の誓約」で、「魔法使者」としてヴァルデマールのために生命を賭する決意を固めたヴァニエル。
その悲壮な決意のもと、「もう決して誰も愛さない」と心に誓っているヴァニエルなのだが、死の床にある王を"癒す"ために召喚された、まだ歳若い詩人「ステフェン」に、どうしても惹かれてしまう自分を認めざるを得ない。

けれど、そんなヴァニエルの深い苦悩を知らないステフェンは、若さ故に真っ直ぐに一途にヴァニエルに想いを寄せ、どんなにアタックしても自分の想いを受け止めてくれないヴァニエルに焦れている。
そしてついに、あるキッカケを経て、二人はお互いが「生涯の絆」で結ばれている存在であることを知るに至るのだった。

ああ、なんてBLの王道。
私は、実のところBLは少々ニガテ。
そんなわけで、上巻は読むのがちょっとキツかった。
それが、ヴァニエルが何者かに命を狙われるあたりから、物語は大きく動き出し、まったく目が離せない展開に。

どんなに平穏な人生を望もうと、生まれながらに魔法の力を身に付けている「魔法使者」であれば、国のため、民のため、先頭を切って戦いの場に自ら飛び込むのが掟。
一人、また一人と、重鎮が倒されてゆく中、ヴァニエルはついに、最後の魔法使者として、見えざる敵に立ち向かうため、一人旅立つ決意をするのだった。

…一人?
いやいや、彼には常にその身に寄り添う"共に歩む者"「イファンデス」がいる。
イファンデスもまた、ヴァニエルを守るため、命を賭ける覚悟をしているのである。
そして、ヴァニエルの生涯の絆の相手であるステフェンも、片時もヴァニエルのそばを離れない決意を固め、彼と共に旅立つ。

だが、彼らが対峙するのは、想像を超えた魔法力を備えた強敵。
最悪の事態に向けて、刻一刻と時計は進む。
その悲愴な決意をステフェンに隠さざるを得ないヴァニエルの深い苦悩、戦い方も知らず愛する人をただ守りたいとひたすらに願うステフェンの一途な想いに胸詰まる思いでページをめくる。
下巻は、まさにヴァニエルとステフェン、そしてイファンデスと共に、全ページ一気に駆け抜けてしまった。

それなのに…。ああそれなのに。
一番のクライマックスを、「続きはCMの後で」みたいにさんざん引き伸ばした挙句、結局見せてくれないってのはいったいどういう趣向なんだい?

結局、あの戦いの場で何があったのか、読む者には謎のまま、終わってしまうのだ。
それはきっと作者の思惑があってのことなのだろうが、少々腑に落ちないし脱力してしまう。
それまで私も一緒に旅している気分に浸っていただけに、突然放り出されてしまって実に残念。

ともあれ最後の魔法使者は伝説の魔法使者へ…。
そして若き詩人は伝説の大詩人へと名を変え、人々の間で永遠に語り継がれる。

ラストは、一筋の涙と深い余韻の残る、とてもいい終わり方だった。
はやく次が読みたいなぁ。

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Author:道楽猫
日々子育てに仕事に大忙し。
でも家事は忘れても(・_・)読書は忘れない。
そんな道楽猫が、日々の暮らしの隙間をぬって読んできた本の感想を留めたくて開設したブログです。

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