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ドゥームズデイ・ブック

ドゥームズデイ・ブック〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)ドゥームズデイ・ブック〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)
(2003/03)
コニー ウィリス

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「航路」ですっかりコニー・ウィリスファンになった私。
表紙絵がなんだかなぁ^^;なのですが、前知識ゼロの状態で手に取ってみました。

これもタイムトラベルものです。英語圏SFの三大タイトルと言われるネビュラ賞、ヒューゴー賞、ローカス賞の三冠を独占したというだけあって、SFという枠では収まり切らない、非常に文学的な面白さがありました。

21世紀のオックスフォード大学の女子学生キヴリンが、研究のため、中世へのタイムトラベルを行う。
一方、手塩にかけた自分の学生を、そんな危険なところへは行かせたくなかった、ダンワージー教授。
物語は、キヴリンの中世時代とダンワージー教授の現代が平行して語られます。

中世でも比較的安全だと言われる時代のイギリスに跳んだはずのキヴリンは、何故かペストが蔓延している時代に間違って跳ばされ、しかも着いた早々、自らが原因不明の病に倒れ、元の時代に戻るためのポイントが失われてしまいます。もちろん、考え得る限りの予防策は講じていたはずなのに何故…。
そして、21世紀でも、突然未知のウイルスの猛威にさらされ、人々が次々に倒れ、パニック状態に。
キヴリンを中世に送り込んだ研究者もまた、同じ病に倒れてしまい、かくて彼女を回収する手段は現代に於いても失われてしまうのです。

「何かがおかしい…」

中世において、ペストは不治の伝染病です。
いったん感染者が出てしまえば、人々はなすすべもなく、次々に人が死んでいくのを、ただ見送るしかないのです。
その真っ只中で、無駄だと知りつつも懸命に対策を講じ、人々を救おうとするキヴリンの姿に心打たれます。
そこに至るまの情景描写や人物描写をこれでもかと丁寧に積み重ねてあるだけに、この怒涛の展開では本当に物語の世界に引き込まれ、読む者を巻き込んでぐいぐい引っ張ってくれます。
それにしても、作者は本当にこの時代にタイムトラベルして"見てきた"んじゃないかと思えるほど、真に迫った描写をしていることに驚かされます。

また、一方の現代においても、未知のウイルスであれば根本的な対策がないのは同じ事。
重苦しさから言えば、それはもちろん中世のほうに軍配は上がります。21世紀のパニック具合は、コミカルな要素も織り込まれ、それほどの閉塞感はありません。
それでも、やはり、未知のものに対する恐怖というのは、いつの時代も普遍的なもので、人々の本能や人間性を見事に浮かび上がらせるものだとつくづく感じます。

よく夢で見る、"色々な障害のためなかなか目的地に辿り着けない"もどかしさを、ダンワージーの奔走する姿に重ね合わせ、ハラハラしつつ、おしまいまで一気に読まされてしまいました。

「来てくださると思ってました」

そうなんですね。きっと、キヴリンがかの時代に跳ばされてしまったのも、間違いではなく、必然。
あの時代が、彼女を呼び寄せたのでしょう。

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テーマ 書評
ジャンル | 小説・文学

航路

航路(上)航路(上)
(2002/10/08)
コニー ウィリス

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非常に長いこの物語、ひとことで言えば「臨死体験」とはいったい何か?を脳内物質の変化等を見て科学的に検証しようとしている科学者たちのドラマ。
と言っても「フラット・ライナーズ」みたいな胡散臭いその手のSFとは違って(実際物語の中で何度もこの「フラット・ライナーズ」について触れ、それがいかにばかげているかを語る)、至極真面目に作者なりの考察がなされている。

実験失敗のエピソードやいつまで経ってもスケジュールの合わない被験者の話などどうでもいい部分が多くて冗長だ、なんて書評も多く目にするが、その「どうでもいい部分」がたくさんあるからこそ、”臨死体験を薬物投与によって再現しようとする研究者の生活”なるものにリアリティがもたらされるんじゃなかろうか。それがなきゃ、もうどうしようもなく嘘臭い話になっちゃったはずだよ。そもそもあんな薬物を少し投与したぐらいで簡単に”臨死”状態が再現できるわけないんだし、そこらへんが既にSFなんだから。

死後の世界については、私ははっきり”ない”と思っている。
人間はカラダが滅んだら大自然に溶け込み、一体となる。それだけだ。
そこからまた新しい生命が生まれたとしても、それは元の人間とは大きな意味で言えば繋がっているけれど、個人レベルでは繋がってない、私はそう思っている。
だから臨死状態で見る様々なものの正体も、この科学者が推論するようなものだと思う。
けれど、それでも、ネタバレになってしまうのであまり語れないけれど、この物語は私に数多くの示唆を与えてくれた。

ひとつは、人の時間感覚は決して物理的な時間の流れとイコールではない、ということから生まれる私なりの推論。
たとえば、交通事故に遭った瞬間、ぶつかったのは一瞬のはずが奇妙に長い時間に感じられた、なんて体験を語る人はよく存在する。
また、意識を失っていたのは数秒なのにその間何ヶ月も経ったような気がした、と語る人もいる。ドラゴンボールにも”精神と時の部屋”なんてのがあったよね(笑)。
それと同様、人によっては臨死状態が、ずっとずっとずーーーっと、極端な話現実にはその人の通夜も葬式も終わった後もずーーっと続いている、なんてことも有り得るのではないかと言うこと。
つまりね、とっくに死んじゃって骨になって墓に入ってるあの人もこの人も、その人個人の意識時間ではまだ”生きている”のかもしれないなぁってこと。
説明が難しいな。意味不明なこと書いてるんだろうか私は(笑)。

そしてもうひとつは死に行く人にとって「死は決して全ての終わりではない」と思えたこと。
輪廻とかね、そういう話ではない。ただやっぱりそれはひとつの”旅立ち”なのだろうと、なんかすとんと腑に落ちたということ。
いろんなことがすんなり整理され、私なりに納得できた感じがする。

この小説は確かにフィクションであるし、ただのSFだろう。
けれど読み終えたとき静かに涙が流れ私は確かに救われた。
そういう出会いが、時に本にはある。

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Author:道楽猫
日々子育てに仕事に大忙し。
でも家事は忘れても(・_・)読書は忘れない。
そんな道楽猫が、日々の暮らしの隙間をぬって読んできた本の感想を留めたくて開設したブログです。

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