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鉄鼠の檻

鉄鼠の檻 (講談社ノベルス)鉄鼠の檻 (講談社ノベルス)
(1996/01/05)
京極 夏彦

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坊主が…

坊主が多すぎるのですよ。榎木津のセリフじゃないが。

実は私、抹香臭いのが大のニガテ。
禅寺が舞台だなんて、知らなかったんだよ。そういうことは先に言ってくれよ。
わかってたら読まなんだ(お坊様風)。
…てなわけもなく、京極堂シリーズだというだけで、どうしたってキミ、いずれ読むことにはなるんだがね(京極堂風)。

そんなわけで、元々ページ数が半端ないことも加わって、まぁ読了するのに大変時間がかかってしまった。
「私はいつこの檻から抜け出せるのだろう…」
と、正直ちょっとウンザリしちゃったほど。
禅に関する京極堂の薀蓄は相変わらず面白く、目からウロコなことがてんこ盛りではあったのだけど、清涼とは言いがたい陰鬱な空気の世界に囚われたまま長く過ごしていると、気分まで鬱々としてしまったのですよ。

けれど、そのような世界にあっても、榎木津は何ら影響されない。独立独歩唯我独尊。
今回は、本当に榎さんの突き抜けた奔放な性格に救われました。
いや
マジで今回の榎木津は凄かった。
京極堂の十八番の『憑き物落とし』をたったのひと言でやっちゃったよこの人。
当に一刀両断とはこのことか。
後々結局不幸な出来事に巻き込まれたあの人も、榎木津のひと言できっと救われたのだと思うな。『大悟』に至ったのだから、かの禅僧にとっては本望だったことでしょう。
榎木津さんは本当は良い人に違いないのです(今川風)。

人は皆、何かに囚われている、か。確かになぁ。
"開放されたいと望むからこそ自ら望んで檻に入る"んだよね。
この逆転の発想は実に面白い。

所詮、高僧と言われる者であってもただの人。
煩悩は絶ち切ろうとしても絶てるものではないのです。
にんげんだもの。
高尚な動機であろうと低俗であろうと、煩悩と嫉妬は人には欠かせないエネルギーなのだと私は思うな。
煩悩と嫉妬の薪を燃やして私は上を目指すのさ。

そんなこんなで。
読むのがしんどいーつらいーなどと文句をぶーぶー言っていたくせに、結局、読み終わったときには、私から何かの憑き物が剥がれ落ち、もっと良い新たな何かが身に付いている。
なんだかそんな気がしてしまうのです。
やー、京極堂シリーズって、やっぱりいいですよね。

だけど、私にとっての最大の収穫は、京極堂さんちの飼い猫の名前がわかったこと。
『柘榴』ですって!ざーくーろー!!(大喜び)
「欠伸をすると柘榴のような顔になる」からだそうだけど、柘榴ってなんだか存在自体がちょっと怪しいですよね。そういう名前をさらりと猫に付けてしまうところがまた京極堂らしい。

結局最後は妙にテンション高い萌え語りになってしまってすみません。

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狂骨の夢

文庫版 狂骨の夢 (講談社文庫)文庫版 狂骨の夢 (講談社文庫)
(2000/09/05)
京極 夏彦

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文庫版のカバーイラストが半端なく怖いですね。
登場人物じゃなくても夢に出てきそうです。
でも内容は別にホラーというわけではなくあくまでミステリなので怖いのがダメな人でも大丈夫です。多分。

「この世には不思議なことなど何もないのだよ、関口くん」

ですから。
そこはきちんと(かどうか多少危ういですが)京極堂が"落として"くれます。

殺して首を落としても何度も何度も首を生やして甦る死者とか
前世の記憶だか他人の記憶だかを持っている女とか
色々オカルト的な味付けは、当然今作を彩っているわけで、
やはりそこらへんに焦点を当てて感想も書かれるべきだとはわかっているのです。

わかっているのですよ、私もね。

でもでも。
どうしても。
こっちに目がいっちゃうのだ仲良し四人組が大好きな私としては。

それは…それは…

関口ついに榎木津の下僕決定か!

という部分です。(きっぱり)
前回「桃太郎」で今回「西遊記」ですか。そうですか。
いずれにしろ「猿」なんだな関口よ…実に不憫だ。
ついに木場修からも
「褒め甲斐はないが貶し甲斐はある。」
なんて言われちゃうしなぁ。
本人は実に真面目なんだけどね。関口本人が語っている時はそうでもないんだけど、そりゃあやっぱり第三者的に見ると「鬱陶しいことこの上ない」しなぁ、関口くんは。
でも今回、あまり京極堂からは弄られなかったな。
…ていうか、後半までほとんど登場しないんだもんなぁ、京極堂。
そう、あれだけ分厚い本の、三分の二ぐらい登場しないのだよ。
なのに、最後には全部美味しいところもってっちゃう、みたいな。

しかもかなりなエンターティナーだしな彼は。
黒装束で真っ暗な舞台で、「反魂香」なる怪しいお香を焚いちゃったりして、どんどん聴衆を怪しい世界に引きずり込む。そしてそれぞれの"憑き物"を次々落としてゆく。
こういう人間がうっかり権力志向に走っちゃったりしたら本気で日本は危ないかもしれないなぁ。なんてね。

まぁ今回、オカルト的な部分はわかり易かったのではないかな。
だってこの私でさえ、"朱美さん"の謎は解けたからね。

それにしても、色々と考えさせられるテーマではあった。
宗教って、人間を幸せにすることが究極の目的のはずだよね。
どんな宗教でも、開祖はそう望んでいたはず。
それがどんどん目的を外れておかしな方向へ走ってしまうのは
身の丈を超えた存在を扱おうとする所以かなぁ。
前作「魍魎の匣」でも感じたことだけれど、入れ物が大切なんじゃないんだ。
中身が主役なんだ。

エンディングの朱美さんの潔さに強くそう思った。

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魍魎の匣

文庫版 魍魎の匣 (講談社文庫)文庫版 魍魎の匣 (講談社文庫)
(1999/09/08)
京極 夏彦

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どうしよう…
すっかり京極堂に「憑かれ」ちゃったよ。

これほんっっとうに面白かった!
この本に初めて対峙した時には、その凶悪なまでの分厚さに正直身構えてしまったのですが、いざ読み出すとページをめくる手が止まらない止まらない。
これだけ長いと、さすがに一気に、とはいかないけれど、遅読の私にしては驚異的なスピードで読破してしまったのです。

この物語、前作「姑獲鳥の夏」同様、ミステリとしてはギリギリなんですよ。
で、実は私自身はミステリとしては捉えていません。

「魍魎とは境界だよ」

京極堂がそう断ずる通り、まさに、人としての境界を超えるか否か、の物語。
登場人物の一線の超え具合は、むしろもうファンタジーの領域だろうと。
その突き抜け方に、どうも私は"憑かれ"てしまったようなのです。

犯罪には動機が付きものと誰もが言う。
けれど、動機なんて、所詮、世間が納得するための後付け。
いくら理由があろうと何だろうと、普通、人は人として踏み越えてはならない一線は超えない。
そこを超える後押しとなる一瞬のナニモノかを「通り物」と呼ぶ。
言い換えれば、誰でもが犯罪者となる可能性を秘めているのだよね。
うん、いつも通り、京極堂の薀蓄はとても深い。

ところで、この物語の中には、2種類の「ハコ」という文字が登場します。

タイトルの「匣」と御筥様の「筥」。
文字そのものにどういった違いがあるのかはわからないけれど、いずれにせよ、「ハコ」は本来、モノを容れるためにあるものであって、決して箱そのものが主体となるべきではないでしょう。
この物語中の人物の不幸は、どれも中身ではなく入れ物が主体となってしまったが故に、訪れたものなのだと思います。

これは個人的な見解なのですが、私は、人には

「始めに箱を用意して、後から中身を考える」人と

「始めに中身を用意して、後からそれに見合った箱を考える」人

の2つのパターンがあるように思うのです。

どちらを選ぶにせよ、用意された箱とその中身がうまく調和できなかった時に、人は不幸を感じるのではないでしょうか。

びっしり
みっちり

そういう表現ってとっても「満たされた」感がありますよね。
幸福と呼ばれる感情が、"満たされる"ことから引き起こされるのであれば、多分に比喩的になりますが、用意した箱がみっちり詰まった状態を幸福と言うんじゃないかって気がします。
その意味では、与えられた境遇に満足して、スライムのように形を変えて自ら箱にみっしり詰まることの出来た雨宮が一番の幸福者だったのではないでしょうかね。
柔軟性というのも、幸福のひとつのキーワードかもしれません。

物語全体としては、タイトルに違わず陰惨で猟奇的な雰囲気が漂うので、バラバラ死体だのなんだのが苦手な方にはオススメできないのがとても残念なのですが、今回はとにかく常連キャラがとても面白いので、できれば是非、京極堂シリーズ未読の方にも読んでみていただきたいなぁと思うのです。

その京極堂は相変わらず関口に対しては本当に辛辣なんですが(笑)、酷薄なことを言いつつ、本当は関口のことが心配でほっとけないんだなぁというのが言葉の端々や態度に表れていて思わずクスリとさせられたし、榎木津は世間からのズレ具合が益々パワーアップしていて目が離せないし、木場修はかっこ良すぎて思わず
「惚れてまうやろ~~」
な雰囲気を醸し出してるし、兎にも角にも先入観は捨てて、読むべし読むべし、ですぞ。

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姑獲鳥の夏

文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)
(1998/09/14)
京極 夏彦

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「この世には不思議なことなど何もないのだよ」

いやぁ、痺れます。
この世界観、たまりません。

正直なところ、ミステリとして読めば、こじつけめいた部分が多く突っ込みどころは多い。
しかしだね、冒頭から京極堂の語りのみでどんどん主人公を、そして読者を別の世界へと引き込んでゆくこの魔力は圧倒的。
認識論と量子力学を駆使して、脳が見せる仮想現実の世界、この世の不確実性を関口相手に滔々と語って聞かせる。

キミが今見ていると信じている世界は果たして現実に存在するものなのか?と。

それを聞かされる関口は、次第に現実と虚構の境目に自信が持てなくなってゆき、我が身の存在自体にさえ疑問を持つに至る。
否、そう誘導されるのだ。

それにしても関口君は京極堂マジックに簡単に引っかかり過ぎだなぁ。
なんだか読んでいる間ずっと、「動物のお医者さん」の二階堂を思い出してしょうがなかったよ。
そりゃあ人をあんなに簡単に操れるなら楽しいだろうな。
京極堂はとても魅力的だけれど、あまりお近づきにはなりくないなと思う。

その京極堂の語る様々な薀蓄の中でも「憑物筋」の解釈は殊に面白かった。
「座敷童子」が、富の隔たりを説明するための「民族装置」であるという説など、なるほど大変に説得力がある。
人は何にでも意味を求める生き物だものね。で、その理由はたいてい後付けなんだよね。
幽霊も妖怪も、現われるべくして現われ、時がくれば自然に消滅する。
人は、見たいもの、その時見る必要のあるものしか見えないものだからね。

そしていよいよ京極堂の圧倒的な憑き物落としのクライマックス。
黒の着流しに晴明桔梗の五芒星を染め抜いた黒の羽織姿で颯爽と登場する京極堂。
絶妙のタイミングで鳴り響く風鈴の音。

痺れます。

私も関口君のことを笑えないなぁ。
京極堂マジックにすっかりかかってしまい、あのようにしれっと語られる"密室の謎解き"も「そんなムチャな」と呆れつつついつい許しちゃうんだから。
納得いかんよ。開いた口が塞がらんよ。でもそういうところ大好きだ。

それにしてもそれにしても。

"見えない"関口と対比する形で"見える"榎木津を配置することで
巧妙に罠を張り巡らせ、読者をミスリードする作者の手管には素直に「参りました」と言わざるを得ない。

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Author:道楽猫
日々子育てに仕事に大忙し。
でも家事は忘れても(・_・)読書は忘れない。
そんな道楽猫が、日々の暮らしの隙間をぬって読んできた本の感想を留めたくて開設したブログです。

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