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八日目の蝉

八日目の蝉 (中公文庫)八日目の蝉 (中公文庫)
(2011/01/22)
角田 光代

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不倫相手の子どもを誘拐して、我が子として育てる

赤ん坊を目の当たりにした瞬間、どうしても離れられなくなった
欲しくなった

それは母性ではない、と断ずる人がいる。

それでは母性とは何なのか、納得できるように説明して欲しいと私は思う。

実のところ、私には母性が何なのか、よくわからない。
わからないなりに考えた結果、それは「親子の情」を超えた先にある「不安」ではないかと思い当たった。

なんらかの原因により我が子の将来を悲観して、子どもの命を絶つ母親がいる。
自死するにあたり、子どもを道連れにする母親がいる。

子どもと自分は別の存在なのに、と識者は口を揃えて言う。
子どもの意思を聞かず勝手に未来を閉ざすのは、間違った行為だと断罪する。

それは正論。全く議論の余地もない。
子どもを生むまで私自身もそう思っていた。

けれど。

実際に子どもが生まれたら、毎日が不安の連続だった。

夜中に心臓が突然止まってしまったらどうしよう
ミルクが気管に詰まって窒息したらどうしよう
この子が誘拐されたらどうしよう
もしここから落ちたら(当時高層マンションに住んでいた)どうしよう

どうしようどうしよう不安で不安でたまらない

当時はこれほどはっきりと言葉で表せなかったが、たぶんこんな不安に一時押し潰されそうになっていたと思う。

猫など動物の世界でも、生まれたばかりの我が子が、見知らぬ他人に触れられた場合、
それまでとても可愛がっていたにも関わらず、その子を食べてしまったりすることがあるという

うちの可愛いこの子が触られた。知らないだれかに抱かれた。今度はもっていかれてしまうかもしれない盗られてしまうかもしれない盗られて食われてしまうかもしれない。ああ不安だ不安で不安でじっとしていられない。

だれかに盗られて食われるぐらいならいっそ私が…

強烈ではあるが、母性とは、そういう矛盾に満ちた衝動ではないかと、私は思う。

長くなってしまったが、そう考えれば、ほったらかしにされている他人の子を目にした瞬間
「わたしが育てなければ」
と咄嗟に主人公が思ってしまったとしてもなんの不思議もない。
いや、ひょっとすると、次に起こる惨事を無意識のうちに予知しての行動だったのかもしれない。
もちろん、もっと複雑な感情があったこととは思うが。

この物語に登場する人物はほとんどが歪んでいる。
私は決して不倫を認めたりしてはいない。
けれど、理性で止められるなら、それは恋愛ではないとも思う。
だからそのことについては云々しない。

「どうして私だったのか」

それは私がかつて何度も何度も繰り返した言葉。
歪んだ家庭に育った者は、だれもが一度は考えたことがあるだろう。
「どうしてふつうの幸せな家に生まれなかったのか」

けれど過ぎたことはすべてどうしようもない。
生まれる家も育つ環境も、自分では選びようもない。
選べるのはここから先の未来だけ。

宿命や血やその他モロモロの美しくないすべての物を引き受けながら、引きずりながら、いつか自らが血を流してでも引きちぎってそこから飛び立たなければならないのだ。
低空飛行でも、続けて飛んでいるうち、力をたくわえいつか上昇できることを願って。

その先に見えるのは、もしかしたらそれまでに見たこともない
とてもとても美しい世界かもしれない

私も、八日目の世界を夢見て、ここからまた始めようと思う。

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↑読後の余韻をまだひきずっています。感情的な言葉で書き散らしてすみません。それでもよければ。
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日々子育てに仕事に大忙し。
でも家事は忘れても(・_・)読書は忘れない。
そんな道楽猫が、日々の暮らしの隙間をぬって読んできた本の感想を留めたくて開設したブログです。

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