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夏のロケット

夏のロケット (文春文庫)夏のロケット (文春文庫)
(2002/05)
川端 裕人

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社会人になりそれぞれの道を歩んでいた高校の天文部の同窓生が、数々の困難を乗り越え自前でロケットを打ち上げようというお話。

面白かった。
ロケットてそんなカンタンな仕組みだったのかと驚いた。
そりゃ実際に飛ばすにはいろいろ難しい問題は多いのだろうし、実際ごく簡単な学習用のペンシルロケットでさえマトモに打ち上げるのは難しいものらしいが、なんというか、ロケットなんてものは国家が計画して、宇宙開発センターとかNASAみたいなそれなりのちゃんとした機関が作って打ち上げるものだという先入観があるじゃないすか。少なくとも民間人が商売にするようなものだとは思えない。それが見事に覆された。

それと、ロマンあふれるイメージのロケットと、戦争の道具であるミサイルが基本的には全く同じ構造のものだということにも驚かされた。ロケット開発の歴史は明るい部分ばかりではなく、それが光り輝く陽の部分に向かうとロケットに、暗い陰の部分に進むとミサイルにと分化するわけなのだな。

そしてこの、大胆にも個人の集団でロケット打ち上げを計画した元高校の同級生たちは、ただふわふわと夢を見ているのではなく非常に現実的で冷静に事を進める。過激派との繋がりを疑われたり、いろんな法律に触れそうなことをやって警察に追われる立場になったりもするのだが、そんないろんな問題をクリアしてついにロケットを現実に飛ばしてしまうのだ。
しかもロケット打ち上げただそれだけが目的ではなく、最終的にはそれを使って自らが火星に降り立つことを夢見ている。

夢を実現するにはまず現実を見つめて綿密に一歩ずつ進める。そうすればどんなに困難な問題が立ちはだかってもいつかは夢を叶えることができる。そういう気持ちにさせてくれる物語。
どんなロマンも現実の裏打ちがあってこそ、なんだよね。

プロローグであり同時にエピローグでもある場面で流れる
「フライ・ミー・トゥー・マーズ(わたしを火星に連れてって)」
という曲は、その元天文部のメンバーであったロック歌手が歌う曲。思えばロケットのために全財産をなげうった彼こそが一番のロマンチストだったのだろうな。

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太陽神の司祭

太陽神の司祭 上 (ヴァルデマールの嵐1) (創元推理文庫)太陽神の司祭 上 (ヴァルデマールの嵐1) (創元推理文庫)
(2010/07/27)
マーセデス・ラッキー

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「本が好き!」にて献本していただきました。

実は私、「ヴァルデマール年代記」というシリーズを全く知らず、それ故、この「太陽神の司祭」が、シリーズの中のごくごく一部であることも、本をいただいて初めて知ったという大馬鹿者なのでした…。

さてさて、そんな真っ白な状態で読み始めた私なわけですが…。

正直なところ、上巻は退屈でした。
物語の背景が全くわからない私には「?」な部分が多く、お話はあまり変化がないし、大きな山もない状態でたらたらと進むので。
ところが、これが下巻に入ると、一転、ストーリーはどんどん進み、俄然面白くなるのです。
いつのまにか、本当にいつのまにか、私はすっかりカラルに感情移入し、ある場面では手に汗を握り、またある場面では一緒に号泣し、まるで一緒にそこで過ごしているかのような気持ちになってしまっていました。
カラルは本当に心根の良い好青年で、悩み迷いながらも、人生で最大とも言える大きな悲しみを乗り越え、このお話が終わる頃には大きく成長していきます。
一方のアン=デシャも、カラルに支えられ、長い迷路を抜け出し、こちらも大きく変わってゆきます。
シリーズの一物語としてではなく、カラルとアン=デシャの成長物語として読んでも十分読み応えがあり面白いです。

そしてそして、忘れちゃならないのが、"火猫"アルトラ!!
もーーっ猫大好きな私は、アルトラが出てくるたびにうっとり。
しかも、最初は神秘的で近寄りがたい存在に思えたアルトラの、意外な一面を知ってからは、ますますこの猫のファンになりました。
火猫だけではなく、"共にあゆむ者"や鷲獅子など、ファンタジーに欠かせない"人外"たちもみんな魅力的です。

そうか、登場人物がこんなに魅力的だから、このシリーズを全く知らなかった私でも、飽きることなく楽しんで読むことができたんですね。(今更かよ)

下巻が終わる頃には、すっかりこの物語のファンになってしまった私。
是非、シリーズ全部読みたぁぁぁい!!

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りかさん

りかさん (新潮文庫)りかさん (新潮文庫)
(2003/06)
梨木 香歩

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私は小さい頃から人形がニガテだった。というより全く興味がなかった。
全然可愛いとは思えなかったしむしろ怖かった。記憶にある人形はたった一体のみ。母の入院中に親戚の伯母に買ってもらったリカちゃんに似た人形。けれどその人形を可愛がったかと聞かれれば、全く思い出せない。着せ替えなどして遊んだ記憶もない。

そんな私が、今何故かお人形にハマっている。リカちゃんもジェニーちゃんも可愛いと思える。猛烈に着せ替えをしたい衝動に襲われる(笑)。そして実際にブライスを一体購入するに至り、あまつさえアウトフィットと言われる着せ替え用の服をあれこれ物色している有様。
一体これはどういうことだろう。自分でもその心境の変化(というより変貌)の理由がわからなかったのだが、この本を読んでその理由が何かわかったような気がする。

昔の私は非常に鋭利で、目一杯突っ張っていて(ハタから見れば全くそんな風には見えなかっただろうが)お人形を可愛いと思えるような心の余裕が全くなかったのだ。
日米親善のために日本に送られることになった人形を「ごめんなさいかわいいと思えない」と悲しい顔で言うユダヤ人女性のくだりで私はハッとした。
私も、立場は違えどこの女性と似た部分があったのかもしれない。

「でも、人形の本当の使命は生きている人間の、強すぎる気持をとんとん整理してあげることにある。木々の葉っぱが夜の空気を露に返すようにね」
「ほら、ノートに濃いサインペンで書いて、下の紙に移ることがあるだろう。濃い色の染めを薄い色のものといっしょに洗濯すると色が移ることがあるだろう。それと同じ。あんまり強すぎる思いは、その人の形からはみ出して、そばにいる気持の薄い人の形に移ることがある。それが人形」
「人形遊びをしないで大きくなった女の子は、疳が強すぎて自分でも大変。積み重ねてきた、強すぎる思いが、その女の人を蝕んでいく。」


うん、ほんとそうかもしれない。逆に言えば、だからこそ今、私にとって"人形"が必要なのかもしれないなと思う。

読む人によって好みははっきり分かれるだろうけど私にとってはいろんな発見があって目から鱗なお話だった。
ちょっと古風な文体にも惹かれる。
私は元々何にでもバカ丁寧に「お」を付けるような上品ぶった物言いは好きではないのだが、この物語の中でごく自然に使われる「お細工もの」「お道具」と言った言葉遣いは何故かとても美しく穏やかで心にすっと響いた。

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西の魔女が死んだ

西の魔女が死んだ (新潮文庫)西の魔女が死んだ (新潮文庫)
(2001/07)
梨木 香歩

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以前人から薦められていたものの機会がなく読んでなかった本。
読んで良かった。

「心が洗われたような」という表現はあまり好きではないが、当にそんな気持ちにさせられた。
一度洗濯機でがぁぁぁっと洗ってよく晴れた空の下で干したような。

結末はあらかじめわかっている。それでも最後はやはり泣けた。
泣けたけれどもそれはどちらかと言えば清々しい悲しみ。

「おばぁちゃん大好き!」
「アイ、ノウ」

西の魔女の優しい言葉が心に沁みる。

強い人間になるコツは、日常を規則正しくきっちり過ごしていくこと。

そうだな、こんな本に中学生の頃出会いたかった。あの頃この本を読めていたらもっと違う、もっとマシな生き方が出来たかもしれない、そんな風に思う。
でもまだ遅くないかな。私も魔女修行をしよう(笑)。胸を張ってきちんと生活しよう、とても素直にそう思えた。

そういう意味で、この本は、薄いけれども私にとってとても重い一冊になった。


心に沁みた西の魔女の言葉
「サボテンは水の中に生える必要はないし、蓮の花は空中では咲かない」
「自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありません」
「シロクマがハワイより北極で生きるほうを選んだからといって、だれがシロクマを責めますか」

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裏庭

裏庭 (新潮文庫)裏庭 (新潮文庫)
(2000/12)
梨木 香歩

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「テル・ミィ」
「アイル・テル・ユウ」

読後しばらく茫然としていた。これほんとに児童文学なのか?
ストーリー的には確かにそれほど難解ではないし子供が読んでも十分楽しめるものだと思う。
だけどこの本に託された本当のメッセージは、これは子供のためのものではないだろう。
そもそも大人、子供という分け方にもあまり意味はないとは思うけど。
人間なんていくらトシとっても結局大人な皮をかぶった子供に過ぎない気がするし。
という意味でこれはいろんな経験を経てたくさんの傷を負ってしまった、一見大人の顔をした子供にこそ読んでもらいたい、そんなお話。

そこかしこに散りばめられたメタファーは児童文学だけあってわかり易い。
わかり易いが故の説教臭さは、これはもう児童文学の宿命で仕方ない部分はある。
そういう部分を割り引いても、この物語はファンタジーの最高峰と言っていいと思う。

"主人公が異世界での冒険を通じて心の傷を乗り越え成長する"
そこだけ見れば「千と千尋」に通じるような部分もある。
けれどこれは読み込めば読み込むほど相当ダークで重く深いことに気付き茫然となるのだ。
心の中に、ある種の疎外感、孤独感を感じている人ならかなりツボに嵌ること請け合い。
だけど多くは語りたくない。語る端から何かがこぼれていってしまう気がする。百聞は一見にしかずと言うことでもあるし。

人にとって本当に大切なのは「前庭」ではなく「裏庭」。
「裏庭」はバックヤードなどではなくそれこそが本来の「ガーデン」なのだ。
マーサの言葉に大きく頷いてしまった。

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時生

時生 (講談社文庫)時生 (講談社文庫)
(2005/08/12)
東野 圭吾

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不治の病を患う息子に最期のときが訪れつつあるとき、宮本拓実は妻に、二十年以上前に出会った少年との想い出を語りはじめる。どうしようもない若者だった拓実は、「トキオ」と名乗る少年と共に、謎を残して消えた恋人・千鶴の行方を追った――。

どう評価するか非常に難しい作品。

単純に読めば、息子がダメな父親を立派な人間に成長させるというタイムパラドックスもの。
そこだけ言えば、東野版”バック・トゥ・ザ・フューチャー”とも言える。
けれどこれはそれほどオメデタイ話ではない。
ダメな父親を立派な人間に変えた息子は、しかし永遠に救われない輪廻の狭間に落ちていくのだ。
生まれては不治の病にカラダを蝕まれ、やがて死ぬ。その繰り返し。

時生は、果たして幸せなのか。

彼は語る。

「明日だけが未来じゃないんだ。それは心の中にある。それさえあれば人は幸せになれる。」

そして彼の祖父母のエピソードで出てきた言葉。

「君が生き残ると思えば、今この瞬間でも僕は未来を感じることができるから。」


確かに彼は幸せなのだろう。長く生きるだけが良いわけでもない。
それはわかる。わかるけれども、それでも切ない。

父から息子への、最後で、そして全ての”始まり”の言葉が胸に迫った。

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名前探しの放課後

名前探しの放課後(上) (講談社文庫)名前探しの放課後(上) (講談社文庫)
(2010/09/15)
辻村 深月

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【ご注意を】ネタバレではないと思うけど、知ってしまうとちょっと興ざめな部分があるかもです。

辻村深月は、人を引っ張る魅力のある作品を書く力がある人だと思う。
この本でもそれは同じで、私は見事その術中に嵌り、続きが気になる余り、一気に読了してしまった。

でも、なぜかいつもいつも、最後で失速するんだよね、この人の書くものって。
最後の種明かしで「なぁーんだ」ってがっかりすることが多い。

でも、これは違っていた。

私は、ミステリー(これはSF設定だけど、どっちかというとミステリ-だと思う)を読む醍醐味って

「ええええっ!?」
「そそそそんなばかなっ」
「ああーーっそうだったのかっ」

という、新鮮なオドロキにあるのだと思っている。たとえば叙述ミステリーなんかでうまく騙してくれると本当に嬉しい。

そういう意味では、これは最後まで失速せずに、きちんと着陸できて良かったと思う。
うん、作品としては評価できるよ。作品としては。

でも。


なんか釈然としない。

なんだろう、このもやもや感は。

この騙され方は、納得いかない。

こういうのは好きじゃない。

一言で表すならば

「そりゃないよ。」


あんなに、感情移入しちゃったのに。酷いよ。

私の涙を返してくれ。


正直なところ、このドンデン返しを許せるか否かで、この作品の評価はかなり分かれると思う。
私は、許せなかった。
まだまだ青いな、私も(ふっ)

だけど、私が騙された部分の、あの妙なリアリティはなんだろう…。
あれが全て「嘘」だとは思えない。
もしかすると、作者は途中で方向を変えたのかもしれないなぁ。あくまで憶測に過ぎないのだけれど。


最後に、辻村作品を未読であれば、先に「ぼくのメジャースプーン」を読んでからこっちを読むべき。
「ぼくのメジャースプーン」で謎だった部分が明かされていたりするし、読んでないと、意味がわからない部分もあると思う。

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ささらさや

ささらさや (幻冬舎文庫)ささらさや (幻冬舎文庫)
(2004/04)
加納 朋子

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「ささら さや」

葉ずれのような、川のせせらぎのような…

その密やかな音がすると、此の場所と彼の場所の狭間から、愛する人がやってくる。
そして、「さや」のピンチを救ってくれてまた突然去ってゆく。

"家族との縁が薄い「さや」。気が弱く、お人好しで他人に簡単に騙される「さや」。自分がいなくなったら、「さや」はどうなってしまうのだろう。"

その想いが、彼の人をこの世に留まらせてしまっていたのだろうか。


けれど、「さや」は、実は激しく鋭い刃を秘めた「鞘」であり、自分の身の内に在るものを優しく育む「莢」でもあった。

その本質に気付いた時、そして「さや」本人も、前を見つめて歩いて行く決意を固めた時、"彼の人"もまた自分の在るべき場所へと戻っていった。

ただひとつの嬉しい"置き土産"を「さや」の元に残して…。


最愛の夫を亡くし、生後間もない子どもを抱え、健気に生きていく「さや」とそれを見守るたくさんの目が切なくもあり、温かくもあり。

だれからも子育てのノウハウを教えてもらえず、育児本に頼らざるを得なかった「さや」に、「そんなにカタチに捉われなくても、臨機応変でいいんだよ」と昔ながらの子育てを伝授する"三婆"たち。
それを素直に受け容れ、時にちゃっかり頼ったりもする「さや」。
けれど"三婆"たちは決して「さや」の世界に踏み込み過ぎず、適度な距離を保ちつつ手と口を出す。
ああ、こういう子育てっていいなと思う。ある意味理想のコミュニティ。
昔ながらのこういう素朴な"お節介コミュニティ"がどこにでも存在すれば、虐待に走る母も、それに苦しむ子も減るんじゃないだろうか。

ある意味「さや」は周りの人に恵まれ過ぎていたとも思える。
だけどそれは、偏に「さや」の人柄によるものだと私は思う。
「さや」が相手を受け容れたからこそ、相手も「さや」を助けたのだ。
私も「さや」のように、本当の意味での柔軟な人になりたい。
柔軟な人は、一見細くて弱そうに見えるが、しなやかでやわらかいから、ちょっとやそっとでは折れないのだ。

登場人物がみんな個性的で楽しく、題材としては"厳しい"世界のはずが、読後感はどこまでも優しく清々しい。
いつもの「日常ミステリー」も楽しめるし、やっぱり加納朋子はいいなぁ、と強烈に思わせてくれた一冊。

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Author:道楽猫
日々子育てに仕事に大忙し。
でも家事は忘れても(・_・)読書は忘れない。
そんな道楽猫が、日々の暮らしの隙間をぬって読んできた本の感想を留めたくて開設したブログです。

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