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つきのふね

つきのふね (角川文庫)つきのふね (角川文庫)
(2005/11/25)
森 絵都

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そっと触れないと、壊れてしまいそうな、繊細なガラス細工のような物語。

進路希望調査に「2000年なんかこない」と記入して万引きグループに傾倒していく梨利。人類を救うべく仕事もせずノアの方舟の設計にのめり込む心の壊れた青年智。梨利を裏切ってしまった自分が許せず、智に寄り添うことで自分の拠り所を見つけようとする主人公さくら。出口の見えない閉塞した日常。みんな痛い。

そして梨利のストーカーである勝田少年は(ストーカーと言ってもひたすらノーテンキで明るいが(笑))とある理由から、月の船(方舟)に関する古文書をでっちあげる。そのどう見ても嘘くさい古文書に書かれた予言が、当の勝田少年でさえ信じていなかった予言が、あるカタチを取って現実のモノとなった…。

リアルと幻想が見事にひとつに溶け込むラストは児童文学の範疇をとっくに踏み超えて言葉にならない感動を私にもたらしてくれた。

たくさんは語りたくない。
ただ切なく優しく、痛い。
きらきらと光が透けるような透明な世界に浸ってみてほしい。

<心に残った言葉>
「たぶんあたしたちはどんな奇跡も夢見てはいなかった。
ただ、どこにでも転がっているごくありふれた現実を、ささやかな平和を、とりもどしたいだけだった。」

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ちーちゃんは悠久の向こう

ちーちゃんは悠久の向こう (角川文庫)ちーちゃんは悠久の向こう (角川文庫)
(2010/06/25)
日日日

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日日日と書いて「あきら」と読むのだそうな。
「ひひひ」かと思った(・_・)。

よくも悪くも10代の作品だなーと思う。
この作品について「17歳でここまで書けるとはすごい」とかいう評価をよく目にするが、私は別段そうは思わない。高校生でこれぐらいの筆力なら、他にいくらでもいる。
第一、そういう評価を作者は喜ばないだろう。
子どもが書こうが文豪が書こうが、面白いものは面白いしつまらないものはつまらない。
作者がだれかなんて関係ないのだ。私は私の目と感性のみで真っ直ぐに評価したい。

で、肝心なお話のほうなんだけど。
うーん…。
なんというか、うすーい。
いっそ透明なほどの薄さなら突き抜けた感じがあってそれはそれでいいんだけど、中途半端な薄さで如何ともしがたい。
ファンタジーの出来損ない。と言ってしまうと酷評に過ぎるか。

なにもかもに存在感がなく、描かれる人物は紙人形のように奥行きが感じられない。
主人公が受けている虐待にもリアリティが全く感じられないし、第一ちーちゃんが何故あそこまで「幽霊依存」状態になって壊れてしまうのか、背景が全く描かれていないため、感情移入が困難。
唐突に名前を与えられて登場したものの、結局はストーリーに何ら絡むこともなく通り過ぎるだけのどーでもいい人物が時々出てくるのも実にいきあたりばったり感ありあり。
そんなふうに、全てが唐突でなんの必然性も感じられない。
何より、「益体もない」なんて、イマドキの学生が使いそうもない言葉を多用していることにかなりの違和感を覚えて、そういう部分がハナについてしょうがなかった。
でも作者はこういう表現、大好きなんだろうなー。

ラストもなんかこー…
なんかもうね…
どうしてそういう方向に行っちゃったかなー
みたいな、ね。

タイトルと表紙イラストがものすごく良かっただけに
残念至極。

ただまぁ、中学生のムスメ的にはとても面白かったらしいので
これはやっぱり若い子ムスメ向け、ですかね。

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いっちばん

いっちばん (新潮文庫)いっちばん (新潮文庫)
(2010/11)
畠中 恵

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心がほっこりする、いつものアレ。

相変わらず病弱ですぐ死にかける若旦那と
相変わらず心配性で若旦那しか目に入らない兄や達と
相変わらず「きゅわきゅわぎゅいぎゅい」にぎやかな鳴家達"妖"の類。

いいかげんもうマンネリだ、もうお腹いっぱいだと思ってもいい頃なのに
これがちっとも飽きない。いやむしろ余計にお腹がすく。
だって毎話毎話とっても美味しそうなお菓子が菓子鉢いっぱいに盛られて出てくるんですもの。
いやこれ、比喩とかじゃないです。ほんとに作中には様々なお菓子が描かれ、それを読むたび私のお腹がぐぅと鳴るのですよ。
特に「餡子は甘いか」はいけませんよ。キケンキケン。

私、これを読んで、自分の遅読の理由がわかったような気がします。
文中の
「こしらえた餡子を伸ばした餅でくるんでゆく」
なんてところで、目をきらきらさせて、大喜びで何度も何度も同じ行を読んでは想像をめぐらしヨダレを垂らす、てなことを繰り返しているから、ちっとも先に進まないのだよ。
「つくった」ではなく「こしらえた」ってとこがまたいい。
美味しさ倍増。うへへ。

そんな私の遅読ぶりを家族は呆れているけれど、なんの、読書の楽しみは"想像"にこそあるのです。
なので私は人一倍楽しい読書をしているのだと自負しているのです。

…話が逸れました。

「しゃばけ」シリーズには、マンネリの元祖「水戸黄門」みたいにやっぱり様々な"お約束"的展開があるけれど、決して助さん角さんが登場して印籠かざして万事解決とか、遠山の金さんみたいに「この桜ふぶきが…」みたいなご都合主義的展開にはならないのです。
若旦那の親友の栄吉はいつまで経っても餡子づくりが上手くならないし、妖どもは相変わらず人の都合にはおかまいなしだし、若旦那の体が劇的に丈夫になるわけでもない。
だけど、毎話「ああ、そうか」と腑に落ちるというか、万事非常にうまく着地してくれるのです。
お約束的安心感ではなく、その落としどころに納得がゆく感じ。
そして、お話の中に、生きていく上でとてもとても大切な"何か"がくるまれている。

「お客さんは、美味いと思って気に入った菓子を、贔屓にしてくれるんだ。職人が、修行何年目でその菓子を作れるようになったかなんて、誰も気にしちゃいねえよ」

中でもこの言葉は、とてもとても心に沁みました。

病弱だけど心がとてもきれいで優しい若旦那と、そんな若旦那のことが好きで好きでたまらない妖たちのほっこりあったかい物語が、たとえマンネリと謗られようと、これからもずっと続いてゆくことを切に願っています。


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新世界より

新世界より(上) (講談社文庫)新世界より(上) (講談社文庫)
(2011/01/14)
貴志 祐介

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新世界より(中) (講談社文庫)新世界より(中) (講談社文庫)
(2011/01/14)
貴志 祐介

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新世界より(下) (講談社文庫)新世界より(下) (講談社文庫)
(2011/01/14)
貴志 祐介

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コレ、ずぅぅぅぅっと読みたかったんですよね。
でもハードカバーは高くて手が出せないし、ヤフオクでもなかなか落とせず、で、指をくわえてました。
それがようやく文庫になったので、ついつい一気買い。
でもよくよく考えたら、3冊でこの厚さだと文庫でもけっこー高い。何やってんだろう私。しょんぼり。

1000年後の世界なんて、想像できるだろうか。
歴史で学んだ1000年前の世界だって、ぼんやりとしか思い描けない。
今と同じ感情をもつ同じ人間がそこにいた、とは、なかなか想像しがたい。
まして1000年後は…。

しかしこの物語は、そんな1000年後の日本が舞台となっている。
人口は、とある事情により1億から5万人程度へと激減。
工業や通信といった文明は相当後退し、電力はごく限られた用途にしか用いられない。
その代わり、何故か「呪力」と呼ばれる超能力(PK)が当たり前に存在する世界へと変貌している。

子ども達は厳重に管理され、町の端の八丁標と呼ばれる注連縄の外には決して出てはならないと戒められる。
小さい頃から、おとぎ話として、八丁標の外には"悪鬼"や"業魔"と呼ばれる恐ろしい存在がいると繰り返し刷り込まれて育つのだ。
夕暮れ時の薄明かりの中、遠くから聞こえてくるドヴォルザーク「新世界」の第二楽章「家路」。
それが流れると、子ども達は一様に、家を目指す。管理された箱庭の世界の我が家へ。

現実を疑うことも知らず。


読み終えて、貴志祐介という人は、なんて凄いんだと、つくづく感嘆した。
1000年後の世界の造型が、生態系のディテールが、あまりに緻密なのだ。
ミノシロ、バケネズミ、その他数多の昆虫や爬虫類に至るまで、非常に細かく表現されていて驚愕の一言である。
なので、1000年後という、私にとって想像の枠外の世界のお話であるにも関わらず、非常にリアリティをもって読み進むことができたのだ。
けれどそれだけに、それらの現代とはかけ離れた生態系に、なんとも言えぬ違和感も覚えた。
人の感覚からすれば、1000年は悠久とも言える長い年月だけれど、地球の歴史からすれば、1000年なんて、あっという間ではないか。なのに何故、こんなにも生態系が現代と異なっているのか。
読み進むうち、ある疑惑がアタマをよぎった。
バケネズミの正体を知るに至り、「ああ、やはり」と合点がいくことになるのだけど。

人はどうして、常に生態系の頂点にいたがるのだろう。
人と人でないものとを区別するものは、いったいなんだろう。
そもそも、人の定義とは。

読み終えて、とりとめもなく色んな思いが渦巻いた。
この余韻は半端じゃない。

ただ、疑問もいくつか残った。
守が、どうして「不浄猫」の"標的"となったのか。
そもそも、何故、彼が1班のメンバーだったのか。
"彼ら"とバケネズミの間に何があったのか。

そのへんがすっきりと解決されていれば、もっと良かったと思う。
けれど。
これは掛け値なしに傑作です。

大傑作です!(大事なことなので二度言います(・_・))

ファンタジーやらSFやらが苦手でも、長編がニガテでも、とにかく読むべし!


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おめでたい

くらーい記事をずっとトップに置いておくのも何なので、ちょっとおめでたい話を。

「本が好き!」サイト上で催された「書評かきぞめキャンペーン」で、なんとB賞をいただいてしまいました!

http://www.honzuki.jp/info/campaign/info5.html

やー、年末年始は、ブログにも書いたように、急性胃腸炎でのたうっていて、張り切ってエントリーしたにも関わらず、思うように本も読めず書評も出せず、で、非常にしょんぼり状態だったので、まさか入賞するとは、まったく思ってもみませんでした。
しかも、エントリー時に、いただけるならこれがいいなぁ、とか取らぬタヌキ状態で妄想していたB賞の図書カード!
ぐふふふ。
今から何買おうかとわくわくしてます。

ぷーとちゃーさん(Maさん)と同じく、私も今年の目標は、「文章を書こう」に決めていたので、幸先の良い一年のスタートになり、嬉しい限りです。

本を読むペースも遅く、感想文書くのも遅いので、更新ものろのろになるかと思いますが、今後もネットの片隅でぺそぺそとやっていくつもりですので、今後ともどうぞよろしくお願いします。

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ナナのこと

飼い猫「ナナ」が2月8日に永眠しました。享年18歳の大往生です。

現在21歳の長男が3歳の頃、遊びに行った公園でかごに入れられた猫を見つけてしまったのがすべての始まりでした。
9月の新学期が始まった翌日の土曜日だったと記憶しています。
まだまだ真夏のような日差しが照りつける中、たった一匹でタオルを敷かれたかごの中にうずくまっていたのが「ナナ」でした。
当時住んでいたアパートはペット禁止。ようやく目が開いたばかりのようで、自力で水も飲めない猫を抱え、途方に暮れたことを今でもはっきり覚えています。
それからは悪戦苦闘の毎日。乳飲み子を育てるのが大変なのは人間も猫も同じ。
数時間置きに、獣医さんにいただいた「針を外した注射器」で猫用ミルクを飲ませ、オシリを刺激して排泄させ、馴れない猫育児にてんやわんやでした。
生後半年ほどの頃に、遊びで興奮しすぎ(?)て心臓麻痺のような状態になり、「ナナが死んでしまう」と大慌てで動物病院に駆け込んだこともありました。

その数年後、あの「阪神淡路大震災」が起こりました。
私の住んでいた場所は、震度7の激震地。幸い、我が家は全員無事でしたが、ナナはすっかり怯えてしまい、抱っこしようとした私の腕をすり抜け、パニックに陥って開いていた裏の扉から外に飛び出してしまったのです。
その後、どんなに探してもナナは見つからず、後ろ髪を引かれつつも遠く離れた知人宅に避難した私たち一家は、1ヶ月近く経って我が家に戻った頃には、ナナはもう帰ってこないだろうと諦めていたのです。
ところが、夜遅く家に帰り着き、明かりをつけた途端、裏で猫の鳴き声がするのです。
必死で喚くその声は、なんとナナのものでした。
どこでどう生きていたのか、ガリガリに痩せ衰え、それでも抱きしめた腕の中でゴロゴロと声を出して嬉しそうに鳴いていた姿が今でも目に焼きついています。

その後は大きな病気もせず、つい最近までとても元気に過ごしていました。
ナナはとても高慢な猫で(笑)、抱っこされるのが大嫌い。そして命令されるのも大嫌い。自由気ままで、夫や息子にはよくなついていましたが、女嫌いなのか、私やムスメに擦り寄ることはついぞありませんでした。
でも、寒くなると寝ている私の布団に「入れろ」とやってきて、時には身を寄せて一緒に眠ったり、私がゴミ出しに外に出ると「にゃーにゃー」鳴いていたり、本当は怖がりで寂しがりやさんなのでした(笑)。
きっと一番愛されていたのは私なのだと、実は心の中では信じています(笑)。
だって私が育てたんだから。私が「おかん」なんだから。

ある日ふと気付くと、黒白のはっきりした毛色だったのが、白い部分が多くなってきて毛艶もなくなり、ぼてっと太っていたのがだんだん痩せて軽くなり、動作も緩慢になって高い場所に登らなくなり、「ああ歳とったなぁ」と感じることが増えていきました。
けれど、こんなに元気なんだもの、近頃じゃ20歳を超える長寿猫も珍しくないんだから、ナナはまだまだ大丈夫!とタカを括っていました。そのうち尻尾が分かれて猫又になって、人語を喋るに違いない、なんて妄想もしていました。

ところが。
ほんの2週間ほど前から、おしっこの粗相を繰り返すようになり、どこでも所構わず垂れ流し状態になってしまったのです。
病気なんだろうか、それとも痴呆?
病院に連れていくのが一番なんだろうけど、病院が大嫌いで、病院へ行ったほうがストレスのため具合が悪くなる子なので、オムツをして少し様子を見ることにしました。
それでもご飯は良く食べ、節分の日には、私の膝に乗ってきて、私の手からもらったイワシを喜んで食べていました。
けれど、それが私の手からものを食べた最後になってしまったのです。
次第に衰弱して、亡くなる前の日には自力で水ものめなくなり、誰の目から見ても、もうだめだというのは明らかでした。
2月8日。どうしても仕事を休むことができない私は、横になって眠っている猫の耳に
「私が帰るまで待っててね。絶対待ってないとだめだよ」
と言い聞かせて家を出ました。
でも結局、ナナは、ずっとそばについていてくれたお兄ちゃんに看取られ、午後4時頃に静かに息を引き取ったのです。
そうだったなぁ。あの子は今まで私の言うことなんか、一度だって聞いたことはなかったんだよなぁ。
最後まで、それは変わらなかったんだね(笑)。でも苦しまなくてよかった。
報せを聞いて電車に飛び乗り、あふれそうになる涙をなんとかこらえつつ、ぼんやりそんなことを考えていました。

ナナは、綺麗なお花に飾られ、静かに眠っているように、小さな箱に納まっていました。
「待っててって言ったのに。どうして?」
私は、身も世もなく号泣しました。
たぶん、父母が亡くなったときより、悲しかったと思います。
こんなことを言うと、酷い人間だと思われるかもしれませんが、結婚して家を離れ、何年も一緒に暮らしていない親より、18年間ずっと一緒に暮らして面倒をみた猫の死のほうが私には堪えたのです。

よく、心に穴があいたような、という表現を目にしますが、私の場合、今は、胸は鉛を入れられたように重く、心がふさがれた状態です。
私があまりにも悲しんで泣いてばかりなので、家族に心配されています。

病院に、連れていかなかったことへの後悔もあります。
でも、友人が数年前に語った言葉がずっと胸にあり、死ぬときは家で見取ろうと決意していたのです。
友人は、飼い猫の容態が急変したときすぐに病院に駆け込み、点滴のため入院させたまま、冷たい病院の檻の中で死なせてしまったと、随分後悔していたのです。
けれど結局、どんな最期を迎えても、なにがしかの後悔は、つきまとうものなのだと思います。
あのときああしていればこうしていれば、と。

私は今、見事なまでにペットロス状態で、実のところなにも手につきません。
でも時はよくも悪くも無情に過ぎてゆき、今のこんな気持ちも、いつか薄れてゆくのでしょう。

「どんないいことも、たのしいことも、
すぎてしまえばかえってこない。
すぎたことは絶対変わらないもの。
いつもそこにあるのよ。
すぎたことだけが、確実に私たちのものなんだと思うわ。
すぎたことはみんな箱のなかに入ってしまうから、絶対になくす心配がないの。すてきでしょう?」

江國香織の「神様のボート」のセリフが心に沁みます。

『一度出会ったら、人は人をうしなわない』

それは猫だって同じだよね。
もう私はナナを失うことはないのです。
心の中の大切な引き出しにしまいこんでいるから、いつでも会える。

一生マンション猫で、ナナにとって幸せな「にゃん生」だったのかどうか、それはだれにもわからないけど、ナナと暮らせた18年は私にとってかけがえのない、とてもしあわせな時間でした。

ありし日のナナさん。青い目がとても印象的な美猫さんでした。

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魔法の誓約

魔法の誓約上 (最後の魔法使者2) (創元推理文庫)魔法の誓約上 (最後の魔法使者2) (創元推理文庫)
(2010/12/18)
マーセデス・ラッキー

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魔法の誓約下 (最後の魔法使者2) (創元推理文庫)魔法の誓約下 (最後の魔法使者2) (創元推理文庫)
(2010/12/18)
マーセデス・ラッキー

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本が好き!にて献本していただきました。
「ヴァルデマール年代記」シリーズの中の「最後の魔法使者」第二部です。
残念なことに、私は第一部は読んでないのですが、第二部だけでもきちんとひとつの物語として成り立っており十分楽しめる出来となっています。

主人公は、人々から、尊敬というよりは畏怖される存在である「魔法使者」として、最愛の人を失った傷も癒えないまま孤独な闘いを強いられる"超美形"な青年「ヴァニエル」。
連日の戦闘で疲弊したヴァニエルが束の間の休息を得るべく故郷に戻るところから物語は始まります。
とはいえ、実は故郷は彼にとって決して心休まる場所ではなく、彼が"同性愛者"であることから父親や母親との確執を抱え、更には幼い頃から彼を虐げてきた武道ノ師範とも顔を合わせなければならない、苦痛に満ちた場所なのです。
それでもなんとか故郷の人々との儀礼的な挨拶を終え、ようやく休息をとれると喜んだのも束の間、彼の"共に歩む者"イファンデス"によって隣国の異変が伝えられます。
そしてイファンデスと共に駆けつけた小国リニアで、彼は亡き恋人にそっくりの少年「タシール」と出会うことになるのです。


「魔法使者」であるが故に人々から畏敬の念を持って迎えられ、そのために常に疎外感と孤独にさいなまれるヴァニエルの姿は、読んでいて本当に痛々しいばかり。
自分の身を危険に晒し、常に死と隣り合わせの壮絶な毎日。
それでも彼は自らの使命を全うすべく必死に闘うのです。

上下巻の長いお話ですが、精神的にも肉体的にも危ういヴァニエルの行く末(?)が気になり読む手が止まらず、あっという間に読了してしまいました。

物語の面白さはもちろんのこと、ヴァニエルが作中で扱う魔法が、なんとも素晴らしい。
リアル…というのは、実際に魔法を知らないのにおかしな表現かもしれませんが、"魔法"というものが本当にあるとするならば、きっとこんな風に違いない、と思わせる見事さがあるのです。
そして、一般の人から見るとただの馬にしか見えない"共に歩む者"イファンデスがまた、茶目っ気たっぷりで実にヴァニエルと良いコンビなのです。

物語の中盤、最愛の人との辛い思い出を、タシールによって楽しく美しい思い出へと昇華することが出来たヴァニエル。
そうして全ての状況が、少しずつ良いものへと変わってゆきつつあった矢先、過酷な運命が彼を待ち受けるのです。


「魔法の誓約」とはいったいなんだったのか。

安らかな死への甘い誘惑にともすれば負けそうになりつつも、その言葉の真実の意味を知り、ただ一人の孤独な闘いの世界に戻る決意をするヴァニエル。
本当に胸が痛くなるほどに真っ直ぐな彼の姿に感動を禁じ得ませんでした。


「ヴァルデマール年代記」は、とても長い長い物語で、まだまだ私はその世界のほんの僅かな部分しか知りませんが、読めば読むほど深みに嵌りつつある自分を感じます。
これから先、もっともっと深くこの世界を知りたい、と強く思うのです。


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月の影 影の海

月の影 影の海(上) (講談社文庫)月の影 影の海(上) (講談社文庫)
(2000/01/14)
小野 不由美

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先日、久しぶりにテレビで「十二国記」を観たので、つい懐かしくなって本棚の奥から引っ張り出してきました。
これは「十二国記」の最初のお話。

ごく普通の女子高生「中嶋陽子」は、ごく普通に学校へ通い、ごく普通に意気地がなく、当然の結果としてイジメに加担したりして、疎外感や閉塞感を感じつつ毎日過ごしていた。
ただひとつ違っていたのは、彼女は「胎果(たいか)」だったのです。(奥様は魔女風)

学校にいきなりヘンな格好をした金髪のにーちゃんがやってきて
「御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと、誓約申し上げる」
とか告げられ、たじろいでいると
「許す、とおっしゃい!」
とか怒鳴られる。
そしていきなり妖魔と闘うハメに陥り、そのまま金髪のにーちゃんたちとはぐれ、見た事もない場所で目覚めることになるのです。

その後の陽子の毎日の過酷なこと。

拉致されてお上に引き渡されそうになったり
妖魔と闘ったり
騙されて遊郭に売り飛ばされそうになったり
妖魔と闘ったり
夜な夜な真っ当に生きる意欲を無くすような幻影を繰り返し見せられたり
妖魔と闘ったり

いやいやいやいや。女子高生がここまで酷い目に遭わされる物語は、私は他に知りません。
そして精も根も尽き果て行き倒れになっているところを我らが半獣「楽俊」に助けられるのです。

「楽俊」は、見た目は大きなねずみなのですが、人間の姿にもなれます。
ねずみ姿のときの「楽俊」の愛くるしいことったら!
歩くときは「ほたほた」、ヒゲは「そよそよ」もうたまりません!
そんな姿ながら、彼は非常に立派な青年なのです。

あまりにも過酷な目に遭ったせいで、他人を信じることができずすっかり荒んでしまった陽子が、自分を助けてくれた「楽俊」を置き去りにして、あまつさえ殺そうとまでしたことに対して

「おいらを信じるのも信じないのも陽子の勝手だ。おいらを信じて陽子は得をするかもしれねえし、損をするかもしれねえ。けどそれは陽子の問題だな」

とさらっと言ってのけるのです。

「何かが起こったときに、どうするかどう思うかは、相手は関係なく全て"自分の問題"」

この言葉に私は雷に打たれたような気がしました。
いまでも、愚痴を言いたくなったとき、うまくいかないことを誰かのせいにしたくなった時に思い出しては気持ちを引き締めています。

幾多の困難を乗り越え、様々な人々、中でも楽俊との出会いにより、筋の通ったところがなく意気地なしだった陽子は大きく成長します。
そしてようやく"金髪のにーちゃん"改め「景麒」との再会を果たした陽子。
その凛とした姿に景麒は息を呑みこう言う。
「本当にお変わりになった」

いや、「御前を離れず」と言った舌の根も乾かぬうちに思いっ切り陽子を一人にしたのは誰だよ(笑)。
…とかいう突っ込みをすることもなく、薄く笑い、「許す」と景麒との再度の誓約を果たす陽子なのでした。

そうそう、この物語、実に名言のオンパレードなのですが、何故か私が一番萌えた好きなのは、楽俊のこの言葉。

「振り向くなよ。今ちょっと障りがあるからな」

楽俊は、きっとこの先もどんなに偉くなってもきっと楽俊のまま、なんだよね。

楽俊バンザイ!

…それにしても、小野主上、十二国記の続きはいつですか?

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Author:道楽猫
日々子育てに仕事に大忙し。
でも家事は忘れても(・_・)読書は忘れない。
そんな道楽猫が、日々の暮らしの隙間をぬって読んできた本の感想を留めたくて開設したブログです。

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