スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

どちらかが魔女

どちらかが魔女〈森博嗣シリーズ短編集〉 (講談社文庫)どちらかが魔女〈森博嗣シリーズ短編集〉 (講談社文庫)
(2009/07/15)
森 博嗣

商品詳細を見る

森博嗣の人気ミステリーである、S&Mシリーズ、Vシリーズの登場人物たちが織り成すショートミステリー集。
ぞれぞれ別の短編集に入っていたお話を、時系列順に並べて編集し直した、ファンのための特別編纂本みたいな感じかな。
どうりで、読んだことのあるお話が混じってると思った。
…というか、たぶんほとんど読んでいるけど忘れてるんでは…(汗)

【ぶるぶる人形にうってつけの夜】
タイトルは、やっぱりサリンジャーを意識したのかなぁ。
「ぶるぶる人形」のトリック自体は実はあんまり大したことないしむしろどうでもいい。
本題はそっちじゃないってのは、森博嗣ファンであればみんなわかるはず。
そう、「フランソワ」ですよね。
時系列順に並んでいるとすれば、これが最初ってことは、そして「れんちゃん」登場ってことは…
フランソワって…(以下略)
こんなことでは私は騙されないんだよん。にしし。
そして、ここの謎がラストのお話に繋がるところが実に見事。

【誰もいなくなった】
30人が一気に消失した、とみんなが言う。
でもすぐそばにいたはずの浜中フカシくんは、そもそもそんなに大勢の人物は見ていない。
萌絵の属する「ミステリー研」が催した「ミステリーツアー」。
参加した者はだれもそのトリックがわからなかったのだけど…。
(そして私は一度読んでいたはずなのに、トリックを全然思い出せなかった…)

我らが安楽椅子探偵「犀川先生」は、その謎を、話を聞いただけで即座に解いてしまう。
自慢するわけでもなく、世間話をするようにごく当たり前の顔をして。
みんなを騙せて悦に入っていたはずの萌絵お嬢様は、驚愕&茫然自失。
いつもいつも自分の前をゆく愛しの犀川先生に、萌絵ちゃんフクザツ(笑)。

【石塔の屋根飾り】
まぁ、ささやかなる歴史ミステリー。
壮大なことを言えば、ひょっとして、「イースター島のモアイ像」もそんなことのためにあったりするのかも。
一見ものすごく謎なようでいて、正体がわかると「なんだ、しょーもなっ!」っていうものって結構ありますよね。これもそんな謎。
…なんだけど、森ミステリーがそんなことで終わるはずがない。
実は、これにもオチがあったのですよ。
諏訪野さん、結構お茶目でナイス(死語)です。

【マン島の蒸気鉄道】
萌絵お嬢様の従兄弟の大御坊さん登場。
かなり強烈なキャラですよね、この人。
この大御坊さんの出すクイズが結構難しい。
結局作中に解答は出されず、で未消化。
作中人物がみぃんな「わかった」って言ってるのに読んでる自分だけが置いてけぼり。
ぐすん。だってこーゆーのニガテなんだもん私。
いいんだいいんだ、本命の"逆向きの三本脚"の謎は解けちゃったもんね。
写真ってところですぐわかっちゃったんだもんね。へへへ(泣)。

【どちらかが魔女】
ここにも大御坊さんが出てきます。
森作品ならではのひっかけ作品。
そう、作中に出てくるミステリーのトリックはとても簡単。
たいていの読者が途中でわかっちゃうような簡単なもの。
それが何故だか頭の切れる萌絵にはわからない。
先入観が邪魔をする。思い込みという魔法を、みんながかけられている。
世の中がこんなにフクザツで、どんな問題でも簡単に答えが得られないのは、たぶんそんなふうに
みんな魔法をかけたりかけられたりしているから。
実に深い。「笑わない数学者」もそんなお話でしたよね。
さて、魔女はだれだったのでしょう。

【双頭の鷲の旗の下に】
またもや読者をかついでいる森センセ。
でも私は引っかからなかったもんね。うしし。
…と思っていたら、しっかり別のところでひっかかっておりました。
くっそう!
それにしても国枝桃子が実はこぉぉんなにも可愛い女性だったなんて!
びっくりです。本小説で一番のびっくりです。

【いつ入れ替わった?】
このお話がいちばんミステリーらしいミステリーでした。
お話自体面白かったです。
でも、これはラストがもう…なんというか、ねぇ。
甘くて甘くて、とろけそうでした。
ほんとごちそうさま(笑)。

【刀之津診療所の怪】
ラストの一言で、ぶっとびました。
そーかー、そーきたかー!
うん、まぁ、このお話は、森作品を読んでいなくても、最初から通読すれば、この一冊でも完結するようには創られています。
でも、でも。
やっぱりこれは、シリーズを全部きちんと読んでいる人向けのものでしょう。
なんか、とても嬉しいエンディングでした。
そして、やっぱり森博嗣にはいつもいつもしてやられっぱなしな私なのです。
それが嬉しいというのは、もはやMの領域?

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村
↑よろしくお願いします
スポンサーサイト

テーマ 書評
ジャンル | 小説・文学

ぼくのメジャースプーン

ぼくのメジャースプーン (講談社文庫)ぼくのメジャースプーン (講談社文庫)
(2009/04/15)
辻村 深月

商品詳細を見る

主人公の「ぼく」には、とある"力"がある。

○○をしなさい。さもないと××になる

そんなふうに、言葉で条件を提示することで相手の行動を縛ることができるという特殊な能力。
私はSFが好きなので、今まで色んな超能力を見てきたけれど、こういう能力には初めてお目にかかった。
…っと思っていたら、「子どもたちは夜と遊ぶ」の秋先生が同じ能力者として出ているじゃーないですか!
ああ、あの時のアレはそういうことだったのねん
と、こっちを読んで今更ながら、秋先生の仕掛けたマジックに気付いたり。
ふだん穏やかに見える人ほど怒らせると怖いのね。
まぁ、でも「子どもたちは夜と遊ぶ」を未読でも全く問題はない。
読んでいたほうがもちろん楽しめるけど。

さて、その能力。
使いようによっては、人を陥れることにも使えるし、最悪相手を殺すこともできる。
しかも自分の手を一切汚さずに。それは一種の呪力とも言える。

だれにでも優しく、穏やかで、とても頭の良い女の子「ふみちゃん」。
歯の矯正具をつけ、眼鏡をかけていることで、自分が人より美しくないことを自覚し、万事に控えめなため、他人にいいように利用されることもあるが、決して怒らず、いつも笑顔を絶やさない、とても心根の良い少女。
ふみちゃんは、大切に育てていた学校のうさぎを、心無い男によって残虐な方法で殺され、それを目の当たりにしてしまったことで、心が壊れてしまう。
大好きな「ふみちゃん」を傷つけ、心をふみにじった憎い犯人に罰を与えるため、その"裁きの力"を、主人公の少年はどのように使ったのか。

メジャースプーンというのは、ふみちゃんがいつもキーホルダー代わりにランドセルに付けていた、うさぎの柄が施された3本一組の計量スプーンを指している。
ふみちゃんからもらったそのうちの1本を、「ぼく」はお守りのように握り締め、犯人に与えるべき"罰をはかる"。
秋先生は言う。

「さじ加減というのは、大事なんですよ。注意深くやらなければ、用意した材料もかけた手間もすべてが台無しです」

けれど、そもそも人が人を裁くのは正しいことなのか。
たとえば、うさぎを殺すことはいけないというけれど、では蚊を殺すことはどうなのか。
命の重さはうさぎも蚊も同じではないのか。
そして、罰とはなんなのか。
社会が溜飲を下げるために与えられるものなのか、それとも罪を犯した者に自らの罪を悔い改めさせるためにあるものなのか。

秋先生とたくさんたくさん話をし、考えに考え抜き、犯人に与える「罰」を決めた「ぼく」。
「ぼく」の出した結論に、私は正直、頭をガツンと殴られたような気がした。
戦慄を覚えた。
なんて真っ直ぐで純粋なのだろう。
「ぼく」の、ふみちゃんに対する深い愛情に涙があふれて仕方がなかった。


前にも書いたように、辻村作品はあちこちで登場人物がリンクしている。
「名前探しの放課後」のトリック(?)は本書を未読の場合、わからないようになっている。
わからなくても、問題ないといえばないけれど、面白さは半減するだろう。
そして、前述のとおり、「子どもたちは夜と遊ぶ」の謎のひとつが本書で明らかにされている。
そういうのを少しずつ繋げて考えるというのも、辻村作品を読む楽しみのひとつである。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村
↑よろしくお願いします

テーマ 書評
ジャンル | 小説・文学

ばんば憑き

ばんば憑きばんば憑き
(2011/03/01)
宮部 みゆき

商品詳細を見る

角川書店の「無料読者モニター」に当選して、発売前に一足早く読ませていただきました。
(完成前の白い本って初めてでビックリしました^^;)
もう既に書店に並んでいるし、角川書店のサイト上にも感想が掲載されたようなので、こちらに書いても差し支えはないかな。


本当に怖いのは、物の怪の類などではなく人の煩悩の方だ、とは巷間よく言われることである。
私も常々そう思っているし、「ばんば憑き」を読んでその想いをいっそう強くした。

妖怪話など、本来"あるはずのないもの"なのだから、下手な描き方をすれば、それこそ嘘くさく、単純に「ああ面白いお話だった」で終わってしまう。実際世の中にはそういう怪異譚が数多く存在する。
それがいったん宮部みゆきさんの手にかかれば、こんなにもリアリティをもってしまうのだからその筆力には驚く他ない。
「坊主の壷」の、"ある者"にしか見えない坊主の姿に、また、人知れず行われる「ばんば憑き」の儀式に、私は底冷えのする恐怖を感じた。
頭の中で想像するしかない「江戸怪奇譚」が、本当に目の前で展開されているようなおどろおどろしさがあるのだ。しばらくトラウマになりそうなほどだ。

しかしこの物語たちは、単に怖いだけでは終わらない。どの話も、非常に物悲しく奥深いのだ。
今の世の中よりも、人の命が相当に軽い時代。病に罹ったり人の手にかかったりで簡単に人は死ぬ。
子どもの死もまた多い。
けれど、その死を悼む気持ちはいつの世も同じ重みを持っている。
それは此の岸も彼の岸も同じ。
それだからこそ、想いは残り続ける。

私自身は、ふつうの妖怪話とは少し趣が異なるが、「討債鬼」が一番心に残った。
我が子を差し出してでも、自分の心の負債を祓おうという浅ましい心根の持ち主に対峙する主人公とその周囲の人物像がとても素晴らしく、心塞がれる物語であるにも関わらず、ある種の清々しさが残る。
真っ当な人間がやっぱり私は好きなのだ。
「野槌の墓」もまた、哀しい物語であるにも関わらず読後感が良かった。
猫又の粋なはからいに思わず落涙。
いかに「怪奇譚」と言えども、あまりに後味が悪いのはやるせない。
そういう意味でも、物語の締めくくりにこのお話を持ってきたのはとても良かったと思う。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村
↑よろしくお願いします

テーマ 書評
ジャンル | 小説・文学

星守る犬

星守る犬星守る犬
(2009/07/07)
村上 たかし

商品詳細を見る

村上たかしさんと言えば、「ナマケモノがみてた」をヤングジャンプでリアルタイムで読んでいた私にとっては、ちょっと、いやかなり毒のあるギャグ漫画を描く人、というイメージがありました。
でも、一方で「ぱじ」という素晴らしい人情コメディ漫画も描いてる人ですものね、「星守る犬」が面白くないはずがありません。
…「面白い」と言ってしまっていいのかな、という躊躇いはあります。
物語はなんともいえないほど切ないです。本当に。でも、可哀想とは絶対に言いたくない。
だから、やっぱり「面白い」なのです。

正直、この漫画の感想を書くのは精神的にキツイです。
作者もあとがきで書かれていますが、主人公は、ちょっと前ならどこにでもいたごくふつうのおっさんで、こんな悲惨な末路を辿るはずもない人なのです。

ただちょっと、不器用で、家族とうまく関われなかっただけで、ごくごく正直に真面目に働いていた、
本当にただそれだけの何の落ち度もない人が、無縁仏となってしまう…。
なんなのだろう、今のこの世の中。

「愛せなくなった」
ただそれだけで、病気で無職になった夫をほっぽりだす妻。
家族愛よりも個人の意志や自由が優先され、それが当然だと言わんばかりの世論。

某元総理大臣は
「努力した人だけが報われるべきだ」
と嘯いた。

私は
そんなふうに過分に努力しなければ、最低限の生活も保障されないような世の中が
マトモだなんてこれっぽっちも思いません。
身近に暮らす肉親を蹴飛ばしてでも守りたい「自由」なんてクソくらえだ。

主人公のおっさんは、結局だれにも頼ろうとしませんでした。
昔気質の人は、たぶんほとんどの人が、だれかに迷惑をかけることを望みません。
途中で出会った、ストリートチルドレンの男の子には「どこかに相談すること」を持ちかけるけれど、
きっと自分が保護されることなんて、思いつきもしなかったのでしょう。
そしてそれ以上に、自分に寄り添ってくれるたったひとつの存在となってしまった犬と、離れることが耐えられなかったのでしょう。

おっさんの身勝手に、付き合わされる羽目に陥った犬が可哀想だ、との意見もあります。
でも、そうでしょうか。
この犬は、不幸だったのでしょうか。
そしてこのおっさんの末路は、そんなにも哀れなものだったのでしょうか。

幸せか不幸かは、他人に判断してもらうものではないと私は思います。
よく、他国の貧しい国に住む人たちのことを引き合いに出し
「あの人たちに比べれば私はなんて幸せなんだ。贅沢を言うとバチが当たる」
なんていうひとがいますが、それこそとんでもない驕りだと私は思うのです。
何故、同じ立場にいない人が、そんなふうに他人の幸福度をはかれるのか。
路上生活者が、みんな不幸で「可哀想」なんて、なんで決め付けることができるのか。

ある人にとっての「後ろ」は、ほかのだれかにとっては「前」かもしれません。
私にはこの主人公と犬が、幸せだったかどうかはわかりません。
だから冒頭に書いたように「可哀想」とは絶対に言いません。

ただただ

切ないのです。

こんな世の中が、私は悲しいのです。


にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村
↑よろしくお願いします

テーマ 書評
ジャンル | 小説・文学

有頂天家族

有頂天家族 (幻冬舎文庫)有頂天家族 (幻冬舎文庫)
(2010/08/05)
森見 登美彦

商品詳細を見る

私が小さい頃、ワインといえば「赤玉ポートワイン」でした。
もちろん当時の私は子どもなので、ふだんは飲ませてもらえないのだけど、お正月とかお祝い事のときだけ、特別に小さなグラスにちょっぴり注いでもらって、そのあまぁい味を楽しんでいました。
早くオトナになって、あの甘くて美味しい「ワイン」をおもいっきり飲みたい、と熱望したものです。
そうなのです。あの頃私は、ワインというものは、すべてあんなふうに甘いものだと思い込んでいたのです。
オトナになって、ふつうのワインは甘くないのだと知ったときの衝撃と落胆といったら。
なので、私には「赤玉先生」が赤玉ポートワインをこよなく愛する気持ちがとてもよくわかるのです。

ふと思ったのですが、というか、森見ファンなら当然みんなわかってることかもしれないけど、森見作品がなぜこんなにもみんなから愛されるのかといえば、やっぱり登場人物(人外含め)がみんな「可愛くて愛おしい」からなのじゃないかな。
有頂天家族の登場人物(人外ばっかり?)たちも、やっぱりみんな総じて「可愛い」、いや森見的にいえば「カワユイ」。
実直で融通の利かない長男も、ヒキコモリの次男も、阿呆の血を最も多く受け継いだ三男も、気が小さくへなちょこな四男も、そしてツンデレ赤玉先生も、ナイスなトラブルメーカー弁天も、スーパーツンデレ海星も、悪役にしては間抜けすぎる金閣・銀閣も。みんなみんなとても可愛いのです。
読んでて常ににまにまへらへらして、思わず「ふふふ」と不気味な声が出てしまうほど。

でもね、のほほんとしたばかりのお話かといえば決して赤玉ポートワインほど甘くはないのです。
なんたって狸ですからね、決して食物連鎖の頂点にいるわけではないのです。弱い立場だったりもするのです。
私は、父親と次兄のエピソードのあたりで、うっかり涙ぐんでしまいました。
よもや森見作品で泣かされるとは。予想もしてませんでした。

それにしても、「食べちゃいたいほど好きなのだもの」は壮絶なほどに名言。
食物連鎖の上の位置にいるものは、そういう詭弁を弄しつつ、自らの矛盾する行為を肯定するのですね。
(と、"詭弁踊り"を踊りながら「どや顔」で語ってみたり。)
そんでもって、寿老人は、やはりあの、「李白」氏ですかね。偽電気ブランは狸製だったのか。

「面白きことは良きことなり!」

本当にそうだな、とつくづく思います。今、こんな時代だからこそ、という思いも込めて。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村
↑よろしくお願いします

テーマ 書評
ジャンル | 小説・文学

青の炎

青の炎 (角川文庫)青の炎 (角川文庫)
(2002/10)
貴志 祐介

商品詳細を見る

17歳の男子高校生が、たった一人で、家族を守るために完全犯罪を目論み義父を殺す。

この小説は、犯人側の視点で物語が進む「倒叙ミステリー」のため、どうしても主人公に感情移入してしまい、追い詰められていく主人公と共に自分も追い詰められて行くような気がして精神的にキツかった。
結末は、最初から予想はついてました。破滅に向かってゆっくりと進む時計。

この主人公の気持ち、私にはとてもよくわかるのです。
何故なら私にも彼と同じように苦しかった時期があったから。
彼の場合は、かつての義父。私の場合は実父だったけどね(笑)。
ほんとに殺してやりたいと思っていた。特に高校生の頃なんて学校と家庭以外に自分の場所なんてないもの。その安らぐべき家庭が自分にとって安らぎの場でなかったら。アイツさえいなければ家族は平和だったはずなのに。
あの頃の私はいつも父親を殺すことを考えていたような気さえする。なんとか、なんとか事故にみせかけてアイツを殺せないものか。毎日そんなことを夢想してた。

あの頃に今のようにネットを通じて何でも出来る環境があって、私にもっと頭脳と行動力があったら、もしかしたら実行に移していたかもしれない。なんて。
ああ、なんか怖いこと書いてますね(笑)。まぁたぶん条件が揃っていても実際には私にはそんな勇気も行動力もなかったろうけどね。

だけど彼と私との最も大きな違いは、その動機。私の場合は「家族を守る」なんて純粋なもんじゃなかった。確かに母親のためにという思いもあったけれど、一番の理由は「自分の平安のため」だったように思う。けれど彼は純粋に家族を守るために闘ったんだよね。その方法は間違っていたけれど、その暗い決意があまりにも健気で憐れで泣けてくる。
彼がもっと大人で思慮深かったら、あんなに頭脳明晰な子だもの、もっと他にいい方法も見つかったかもしれない。時を待つ、ということが、けれど若い彼には出来なかった。
最初の頃は主人公の気持ちで読んでいたのが、終わり近くにはもうほとんど「母親」の視点で読み進めていたのはやはり私が人の親だからだろう。

以下ネタバレですのでご注意を。

法律だとか道義的な問題は脇にどけておくとして、彼の行動を私は許せる。とても責める気にはなれない。
けれど最後の行動だけは「人の親」である私には許せない。彼は家族を守ろうとして結局一番家族を悲しませる行動を選んでしまった。親にとって一番の苦しみは、子どもがいなくなることなんだよ。どんな姿でもいいから、生きているということだけでもう親孝行なんだということをわかってほしかった。

ラストではもう涙を止めることが出来なかった。あまりにも痛ましい。
「切ない殺人者」という言葉がほんとにピッタリくる、心に痛い1冊でした。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村
↑よろしくお願いします

テーマ 書評
ジャンル | 小説・文学

ペンギン・ハイウェイ

ペンギン・ハイウェイペンギン・ハイウェイ
(2010/05/29)
森見 登美彦

商品詳細を見る

森見サンすげぇ。

もちろん今までもすごい人だとは思っていたけれど、ここまでとは思っていませんでした。
アンタもなかなかやるもんだねぇ。(by ちびまるこちゃん)

主人公の少年が大人びていて子どもらしくないとか賢すぎるとかいう方が多いですが、そんなことはないのです。彼は大人になろうと一生懸命なだけなのです。
今のお子様は大人になりたがりませんからね。なんたって現代は子どものほうが色々特典があってラクだしなぁ。
そういう意味では、子どもの殻を脱ぎたがる彼のほうが、そこらのお子様よりよほど子どもらしい。
たいへん伸びやかで健やかなお子さんだなぁとほのぼのしました。
言うなれば生真面目なクレヨンしんちゃん。どちらもおねぇさんが好きでおっぱいが大好きですからね(笑)。
それと他人の目を気にしないところが似ています。自分の感性を信じるというか、我が道をゆくところ。

私、しんちゃんのお話ですごいなと思ったのが、「うんちマン」のお話で。(お食事中だったらごめんなさい)
幼稚園のトイレで大きいほうをしちゃった男の子が「うんちマン」という渾名を付けられてみんなにからかわれているのを見て、しんちゃんが
「うんちマンかっこいい!オラはうんちマン2号になる!」
といってへーきでトイレで大きいほうをするんですよね。そうするとみんなも釣られて、いつしかトイレで大をするのが大流行するという(笑)。
そういう、周囲に流されない確固たる自分をもっているところが、とてもよく似ているなぁと思うのです。

スズキくんに自販機に縛り付けられても、プールで水着を脱がされても動じない。
そんでもって、「怒りそうになったら、おっぱいのことを考えるといいよ。そうすると心がたいへん平和になるんだ」とかいう名言を吐く。
タダモノではないアオヤマくんが私はたいへん好きです(笑)。

それで、なんだか読んでいて不思議な感覚に陥るというか、アオヤマくんとウチダくんの会話が、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のジョバンニとカムパネルラ的なんですよ。
世界の果てを想像するアオヤマ少年、死の世界を考察するウチダくん。
ウチダくんの「だれも死んでいない」論は実にすばらしいなと思いました。実は私も同じような考察を「航路」を読んでしていたので、ウチダくんの言いたいことがとてもよくわかります。
そうなのそうなの。「死」は客観的な事象で、主観的にはだれも死んでないのよ。思いっきり頷いてました私。

そしてアオヤマくんの「エウレカ」。
「eureka」はアルキメデスが「アルキメデスの原理」を発見したときに、叫んだとされる言葉。
だれにでも、どんな小さい子にも、真理に気付く瞬間がある。「わかった!」って、ぱっと世界が拡がる瞬間があるのです。
ある日突然現れて突然消えたペンギンの謎、おねぇさんの謎、例の海の謎。
やまほど考え抜いて見つけ出したアオヤマくんの真理。
胸が苦しいぐらいドキドキワクワクしてしまいました。

辿り着いた真理は、結局つらい真実へと繋がってゆくのだけれど、まだ見ぬ未来へもちゃんと繋がっている。

もう少しオトナの男になったアオヤマくんに、是非また会ってみたいな。
きっと、とびっきり素敵な男子になっていることでしょう。

おっぱい好きは、治らないかもだけど。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村
↑よろしくお願いします

テーマ 書評
ジャンル | 小説・文学

笑わない数学者

笑わない数学者 MATHEMATICAL GOODBYE (講談社文庫)笑わない数学者 MATHEMATICAL GOODBYE (講談社文庫)
(1999/07/15)
森 博嗣

商品詳細を見る


この作品を評価しない人は多いと聞く。

それはトリックの単純さに引っかかってその奥に潜むもっと大きなトリックに最後まで気付かなかったからであろう。著者いわく、

「トリックはあえて簡単にしました。トリックに気がついた人が一番だまされた人だという逆トリックなのです。」

そう、この作品の一番のトリックは、たいていの読者がすぐにわかってしまうような簡単なトリックが、天才である犀川や萌絵に「何故解けないのか?」という点なのである。
かなりの人に駄作、失敗作という烙印を捺されるという危険をモノともせず、果敢に読者に挑戦した森博嗣の、これは実は相当計算された実験小説なのだ。「笑わない数学者」というタイトルにも大きなヒントが隠されているあたり、さすがだなぁ。
そこに気がつくとこの作品は俄然面白くなってくる。

そして最終章の新たな謎。

あれは一体だれだったのか。浅はかにも作者の術中にハマって、トリックにばかり気を取られていた私は肝心な部分を読み飛ばしてしまっていたようだ。おかげでもう一度最初から読むハメに陥ってしまった。作者の意図を見破った者のみが真実の解に到達することが出来るように仕組まれている。作中では「神」ではない犀川には最後まで不定だった解を。
ただまぁ、最後の謎をどう解釈するかもその人次第なのだろう。

「定義するものが存在するものだ」(by 天王寺博士)

●犀川先生語録
「負け方がわからなかったんだよ、君は」「勝つことばかり考えていた。どうやって負けたら良いのかも、考えなくちゃ。それが名人というものさ」

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村
↑よろしくお願いします

テーマ 書評
ジャンル | 小説・文学

黒い家

黒い家 (角川ホラー文庫)黒い家 (角川ホラー文庫)
(1998/12)
貴志 祐介

商品詳細を見る

他の人から「ものすごく怖い」とさんざん脅されていたので、かなりビビりながら手に取ったのですが、別に怖くはなかったです。
怖いというよりはキモチワルイ。もっとオカルトなお話かと思ってたのでちょっと肩透かし。
もちろんいちばん怖いのは生身の人間だってことは承知の上で、もちっとぞくぞくするものがほしかったな。
私は、サイコパスとかいう、そもそも"普通とは言えない人たち"が何か猟奇的なことをやるのは別にオドロキもないし、それが実生活で関わりがあるなら別だけど、あくまでお話の上でのことなら怖くない。
本当に怖いのは、一見ふつうに暮らしていて、性格も穏やかで、という人が、何かをきっかけにして壊れていくのだけど、それがなかなか表面に表れない、とかいう設定のほうじゃないのかな。
肝心な「黒い家」もあんまり存在が生かされていない気がするし、そもそも犯人がだれだか私は最初からわかっちゃったのが痛かったな。ひねりがなさすぎるんだもの。
あと、周りの人たちが実にカンタンに殺されていくのにも関わらず、作者にとって死ぬと都合の悪い人たちは決して死なないってとこがあまりにご都合主義で萎える。その殺され方にもちっとばかりムリがあり過ぎると思うしなぁ。ムリヤリ猟奇にもっていっているみたいな。
それと、色々語りすぎで鬱陶しい。言いたいことはわかるんだけど、言葉にし過ぎでくどい。このお話だったら狂言回し的存在は必要なかったし逆効果だったのでは。

うーん。
総括すると、なんだかいろいろわかり易すぎて、ちょっとグロい火サスを見ているような気分でした。
なんでだろうなぁ。人物描写に深みがなかったのが原因かなぁ。だれ一人として感情移入できる人がいなかったのが致命的かもしれない。
もっと驚かせてほしかったです。「日本ホラー大賞」受賞作品とはとても思えず、色んな意味で非常に残念。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村
↑よろしくお願いします

テーマ 書評
ジャンル | 小説・文学

リズム

リズム (角川文庫)リズム (角川文庫)
(2009/06/25)
森 絵都

商品詳細を見る

するすると読みやすく、私ほどの遅読人間でも行きと帰りの電車で読み終えてしまった。
でもそこはしっかり森絵都。やわらかであたたかい風が心の中を吹き抜けるようなお話でした。
うん。森絵都は、やっぱり大人向けなお話より、こういうヤングアダルト系のものを書かせたほうがうまいよね。

人にはそれぞれ個性があって、それぞれに固有のリズムがある。
主人公のさゆきのように、脇道にそれまくりで道草ばっかり食っていて、なかなか前に進めないタイプもいれば、さゆきのおねーちゃんのように、目標に向かって一直線!な人間もいる。
どっちがいいとか悪いとかってことではなく、それぞれがみんな自分らしく自分のリズムを刻んで歩いている。

さゆきが、変化してゆく周囲についてゆけず、周りに引きずられそうになったとき、大好きな従兄弟の真ちゃんが教えてくれた言葉。

「まわりのことが気になって自分がめちゃくちゃになりそうな時、心の中でリズムをとるんだ。まわりの音なんて関係ない。自分だけのリズムを。」

それはとっても素敵な魔法の言葉で、もちろん落ち込んでいたさゆきの心にすっと沁みこむ。

でもね、結構トシくっちゃった私はおもうんだ。

周囲に引きずられて辛い思いをしたり、泣いたり笑ったりして時には滅茶苦茶なリズムを刻むときもあったっていいんじゃないかって。
そして自分だけのリズムを刻むには、メトロノームが必要だったりもする。
さゆきにとっては、今は真ちゃんだけが自分にとってのメトロノームだけれど、この先いろんな人に出会って、いつかとてもとても大切なメトロノームとなるほかの誰かに出会うかもしれない。
時には自分自身が別のだれかのメトロノームになることもあるかもしれない。
そうやって、いろんな人たちのリズムが合わさって、新しい何かもきっと生まれることだろう。

自分を見失いそうになったときに、私も真ちゃんの魔法の言葉を心の中で繰り返そうとおもう。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村
↑よろしくお願いします

テーマ 書評
ジャンル | 小説・文学

夜は短し歩けよ乙女

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)
(2008/12/25)
森見 登美彦

商品詳細を見る

なんだろう。

登場人物は、相変わらず小汚い四畳半に住む貧乏大学生だったり、ぼさぼさ頭で浴衣を着た仙人のようなオッサンだったり、と割とむさくるしい雰囲気が溢れているのに、何故かとっても皆、愛らしい。
そして物語のほうはぐだぐだゆるゆるしているくせに、なんともいえない妙な疾走感がある。
まさに、ノンストップロマンチックエンジン!

やーもう、ほんっと、森見サン好きだ。
こんなにも読み終わっちゃうのが残念だと思える本って、希少だと思うよ。
でもこれ、主人公の一人語りだったら、きっととても読むに耐えない妄想小説で終わってしまっていたと思う。
それが、主人公の視点と黒髪の乙女の視点で交互に書かれているだけで、こんなにもドキドキワクワクハラハラさせられる物語に変貌するとは!

そんでもって全編通して、表現がことごとくオモチロイ。
「何ゆえ不毛にご活躍?」とか、電車の中で読んでて思わず「ぷっ」と噴き出しそうになって慌てたことが何度あったか。そのたびキョドウフシンになった私。周囲はとてもキモチ悪かったことだろう。すまぬ。
あっそうか、森見ファンの方がよく使われる「オモチロイ」とか「なむなむ」ってなんの符丁だろうと思っていたのだけど、こういうことだったのね。納得納得。

それにしても、黒髪の乙女の可憐なことといったら!
いいなぁ「でっかい緋鯉のぬいぐるみを背負って歩く女の子」
めがねっ娘とか猫耳エプロンとか色々あるけど、「緋鯉っ子」もいいよ(ナニソレ)。
羽海野チカさんの「あとがきにかえて」の黒髪の乙女がまた、あまりに私のイメージとどんぴしゃでびっくり。
そういえば、私もうら若きオトメの頃、でかいシャチのぬいぐるみを背負って歩いたことがあるが、ちっともモテなかったな。(遠い目)
何故だ。20年ほど早すぎたのか?それともシャチか?シャチだったからなのか?(ちがうとおもう)

文体とかお話の展開とかは、非常にクセがあるので、やっぱり相当好みがはっきり分かれると思うけど、鮒寿司とかクサヤの干物的に、きっと慣れると虜になって抜け出せなくなるよ森見ワールド!
…いや私はどっちも食べたことないけどな!
でもまさかラストでこんなにもきゅんとさせられるとは予想もしてなかったよ。
そんでもって、ここまでご都合主義的展開で、腹が立たなかったお話も珍しい。
いろいろと突き抜けたところにいるよなぁ、森見サンは。

さて、次はどのお話を読もうかな。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村
↑よろしくお願いします

テーマ 書評
ジャンル | 小説・文学

アメーバなう
オススメ
プロフィール

道楽猫

Author:道楽猫
日々子育てに仕事に大忙し。
でも家事は忘れても(・_・)読書は忘れない。
そんな道楽猫が、日々の暮らしの隙間をぬって読んできた本の感想を留めたくて開設したブログです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム
メールはこちら>>

*上(別窓)のメールフォームが表示・動作しない場合はこちら

検索フォーム
今読んでる本
dorakunekoの今読んでる本
リンク
つぶやき
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

BK1
書評の鉄人
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。