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植物図鑑

植物図鑑植物図鑑
(2009/07/01)
有川 浩

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ムスメが高校で図書委員になったらしいので、早速気になっていた本を借りてきてもらった。
実は私は何故か図書館がニガテでして。
あの独特な雰囲気がどうにもなじめないのと、読書に期限を切られるというのがイヤなのだ。
でも図書館の本そのものがイヤなわけではないので、ムスメが借りてきてくれるというのならば喜んで頼む。
特にハードカバーなんて高くてそうそう手が出ないものね。有り難や。

というわけで「植物図鑑」。

まずは、
きちんと生活しなきゃなぁ、と反省した。

あちこちで「激甘」と評されるこの本を読んで最初の感想がそれってどうよ
って感じなのだが、それぐらい今の我が家の食生活は乱れておるのだ。
旬のものを自分たちで調達し、手をかけて下処理をしてきちんと最後まで食べる。
ま、"自分で調達"は、都会に住んでいてフルタイムで働いている私には少し難しいけれども、"食に手をかける"ことを疎かにし過ぎていたなぁ、と。
これからはもう少し、食べることを大切にしようそうしよう、うん。

お話自体は、皆さん口を揃えておっしゃるように「あんまぁぁぁい」。
とろけるように甘い。
まるで少女漫画の如きご都合主義にあふれている。
ふつー道端にあんな"躾のできた良い男"は落ちてません。
拾ってくれなんて言いません。
けれど、このお話が好きか嫌いかと問われれば、

好き。

ゼヒとも羽海野チカさんに漫画にしていただきたい(熱望)。
さすが女性の作者さんだーと思うぐらい、女子のツボをがっちりおさえている。
というか私のツボを知っているのかこの人は。
というぐらい好きだこーゆー話。
私はきちんとした男(イケメン限定)に弱いのだ。

というわけで、途中までは夢中で読んだ。久々にわくわくした時間を過ごせた。
でもあのラストはいけない。
私としては、あれはハッピーエンドにしてはいけない話だと思うのだ。
ハッピーエンドにしてしまうから、甘いだけの妄想小説に堕してしまうのだ。
最後まで、女子的願望にまみれた少女漫画であれば、小説である必要がない。
(だから羽海野チカさんに…以下略)
特に最後の一章は蛇足だ。と私は激しく思うのだが、違うかな。あれは絶対に必要なのだという納得できる理由をだれか教えてくだされ。
まぁ、元々ケータイ小説らしいから、それでいいのだと言われればそーゆーもんですかと引き下がるしかないのだけれど。
実に惜しい、と私は思ってしまうのだ。

それと。
「阪急電車」を読んだ時にも感じたことなのだが、この人の書くものって、ニオイがしないんだなぁ。
あまり情景が浮かばない。
言葉で色々と説明を尽くしているにも関わらず、である。
そういうところも、とても残念。
なんでだろうな。
「料る」なんて、あんまり普通じゃない言葉に凝るより、もう少し巧みな表現を使えるようになれば、もっといいと思うんだなぁ。私は。

…以上、かなり上から目線ですみませぬ。


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阪急電車

阪急電車 (幻冬舎文庫)阪急電車 (幻冬舎文庫)
(2010/08/05)
有川 浩

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阪急今津線は、あのあたりに住んでいる私にとって、これまでに何度も利用したことがある馴染深い路線である。
とはいえ私は今は阪急ではなく阪神沿線に住んでいるのだが、下町のニオイがぷんぷんしている阪神とは違い、阪急は、山の手を走っているだけあってどことなく落ち着いていて、ちょっと高級感がある。
電車の色や内装も、同じくおっとりした感じ。
なので、感情的になる画面が非常に多く描かれるこの物語の登場人物たちは、私には"阪急を使う人"としてはかなり違和感があった。
あんなに感情をむき出しにしているような場面は、少なくとも私は阪急電車内では見たことがない。
阪神電車ではしょっちゅう見かけるが(苦笑)。
結果として、非常に残念なことに、阪急らしさが微塵も感じられない。
唯一「小林駅」だけが、"らしさ"を醸し出してはいたが。

これって、舞台は別に阪急今津線じゃなくてもいいのでは…

というのがいちばん初めに感じたこと。
結構致命的欠陥ではなかろうか。

まぁそれは、単なる私見であり、私にとっては致命的でもお話自体が面白けりゃ別に文句はない。

実はこの本は2度読んだ。
最初に読んだとき、
「面白くなくもない。しかし何か引っかかる。」
という漠然とした違和感があり、そこには単に阪急らしくないからという言葉だけでは済まされないナニモノかが潜んでいる気がしたのだが、上手く言葉に出来ずそのままになっていた。なので感想も書かなかった。
書けばなにやら「この外道めが」とよってたかって袋叩きにされそうでちょっと怖かったというのもある。
それぐらい正論に満ちたお話なのだもの。

それが、この小説がこのたび映画化されるとのことで何やかやと話題にのぼり、ムスメが「面白かったよねー」と話しかけてきたので「うーんそうかな」と応じたところから、色々考察するに至った。
で、もう一度読んでみた。

別にほっこりもしないし心にも沁みない私って…。
どんだけヨゴレてるんだ?
というかね、正しくありたい、という気持ちはとっても良いとおもうんだ。
だけどそれって、人の道に外れたことをすると他人から白い目で見られるからそうありたいと思うもの?
なんだかね、この物語の登場人物たちって、どいつもこいつも「人が見たらどう思うか」ってそればっかり。

私は電車の中でヒマなとき、しょっちゅう妄想をする。
前に座った人を主人公に見立てて色々楽しいストーリーを組み立てて心の中で一人でにやりとしたりする。
(文章にするとかなりアブナイな…)
でもそれは妄想だからこそ面白おかしいのだ。そこに重い現実を持ち込んじゃいかんのだ。
このお話は、妄想にしてはやたらと現実的なお話のクセして人物がステロタイプで薄っぺらい。
一方向からのみ見ているのだから仕方ないけど、「こちら側にいる人」はみんな善人で「あちら側にいる人」はみんな悪人なのかい?
会ったばかりの婆さんに「くだらない男ね」と切って捨てられた男にも、色々言い分はあるだろうに。
確かにね、赤の他人のたった一言で救われたり変われたりって、それはあると思う。そこは認める。
だけど、世の中見えている部分が全てじゃないし、私だったら、ひと目会っただけの人のことをそこまで悪く言う相手の言葉を取り入れたりしない。ていうか、相手のオンナだって見かけに踊らされた、かなり安い人間じゃないか。
いやいや、これはきっとひっかけなのだ。まだ後半があるじゃないか。折り返しでは、たぶん立場を逆転した新しい展開があるに違いない
…と期待していたんだけどね。
折り返しは、前半の人物たちのその後が描かれるのみ。
うーん…なんともはや…。
というのが、再読後の感想。初読時のもやもやの原因がはっきりしたのみ。
人間って、そんな薄いものなのかい?
電車で出会った人々が織りなす人間模様、という着眼点はとても良いのだけど、それならば人物にもう少し深みがほしかった。

最後に、苦言ついでに苦情をば。
阪急今津線は、今津が終点なんだけど?
確かに西宮北口でいったん途切れるけれども、今津線というぐらいなんだから、きっちり阪神国道と今津も書いてほしかったなー。

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続・星守る犬

続・星守る犬続・星守る犬
(2011/03/16)
村上 たかし

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前作の「星守る犬」は本当になんとも言いようのない切ない物語でしたが、こちらは大いに救いのある物語。
魂の再生の物語です。

最初のお話は、前作の犬の兄弟犬のお話。
その兄弟犬を拾ったのは、近所でも評判の偏屈ばぁちゃん。
拾った理由も、「自分の冥土のお伴」として。
死にかけているその犬の寿命が尽きたら、自分も一緒に死のうと決意しているのです。

よくある、といえばよくあるお話。
でも、"真っ直ぐに生き抜いてゆく姿"というのは、それが犬だろうと人だろうと、生き物の本能が「生」である以上、やはりどんな相手にも良い方向の影響を与えるものだと思います。
手放しで良いお話でした。

ふたつめは、前作で、オッサンとハッピーが旅の途中で出会った少年のその後の物語。
母親にネグレクトという名の虐待を受けていたこの少年も、放浪の果てになんとか自分を手放しで愛してくれるお祖父ちゃんの元へ辿り着くことが出来、やっとマトモな生活を手にいれることができます。
でも、それもこれも前作のオッサンとの出会いがあったればこそ。
少年のその後の姿を知ることができれば、あのオッサンも本望でしょう。きっと少年を恨んだりすることはない。
でも逆に、少年がオッサンの末路を知ったとすれば…
おそらく、自分の罪の深さに愕然とすることでしょう。
けれど、どんなに後悔しても、やってしまったことは元には戻せない。
それを思うと、少しやるせない気持ちになります。

そして、やがて訪れるエピローグ。
"縁"
という言葉を、しみじみと思い起こしました。
オッサンも、ハッピー(初代)も、いなくなってしまったけれど、彼らが結んだ縁は、決して途絶えることはなく、誰知ることもなくとも、ずっと未来へと続いてゆくのです。
人も犬も他の生き物も、たった一人では、たった一匹では生きてゆけない。
孤高のようでいても、何かしらの影響を他に与えたり、また他から受け取ったりして、それぞれの人生の糸を紡いでゆく。
そんなことを、つくづくと思いました。

最後に、オッサンの家族が、家族なりのぶっきらぼうな言葉ではあるけれど、それぞれにオッサンの身を案じている言葉が聞けて嬉しかったです。
あの人たちが、オッサンの末路を知ることになれば、きっと色々思うところがあるだろうけれど、でも私は敢えて言ってあげたい。

あなたのお父さんは、かつての旦那さんは、決して誰かを恨んで亡くなったわけではない。
愛犬と共に、きっと楽しい人生を歩めたんだよ。
ただ世の中が、ちょっと彼らに厳し過ぎただけなんだよ。

と。

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ICO-霧の城-

ICO-霧の城-(上) (講談社文庫)ICO-霧の城-(上) (講談社文庫)
(2010/11/12)
宮部 みゆき

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ICO-霧の城-(下) (講談社文庫)ICO-霧の城-(下) (講談社文庫)
(2010/11/12)
宮部 みゆき

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ゲームのノベライズ本です。
元々こういったノベライズものが好きではなかったのと、いくつかレビューを読んでいて評価がイマイチだったので躊躇していたのですが、いつのまにかムスメが買ってきていたので読ませてもらいました。

なるほどゲームだなぁ。
というのが当初の感想。
最初に手に入れるのが「木の棒」だったり、色々な仕掛けを解いていったりといった趣向がそれを窺わせます。

でもなんだろう。
やっぱり宮部さんはすごい方なんですよね。普通にファンタジー小説としてもきちんと面白い作品に仕上がっているんですよ。
そして相変わらず少年を描くのがうまい。
主人公のイコも、友達のトトも非常にいきいきとしているので、容易に物語に入り込め、大いに感情移入して、ドキドキしたりハラハラしたり、憤ったり悲しんだり、その世界観を存分に楽しむことができました。

これは宮部さんが考え付いたことではなく元々の設定なのかもしれませんが、霧の城やニエのしきたりを産み出した根源について言及する部分など、人の浅ましさ、哀しさを、冗長になることなく的確に語るあたり、これはやはり作者の力量がモノを言った部分だと思います。
一応、善と悪的な前提でお話は進みますが、それだけで終わらないのが宮部さんですよね。

ゲームのストーリーを、ただだらだらと文字にして綴っているだけの本って結構ありますが(そしてだからこそ私はノベライズって意味を見い出せず好きではないのですが)、これは宮部さんの挑戦本だなぁと読み終えてつくづく思いました。
大のゲーム好きでもある宮部さんが、目の前に広がるゲームの世界をいかに文字で表現できるか。
中でも、あの「霧の城」を描き切ることができるか。
その意味に於いては、大成功したのではないかなと思います。
ただ、私が、「それはないだろう」と思ったのは、ヨルダのその後。
あそこは、やっぱり「現実」を突きつけてほしかったなぁ。
そういう意味での甘さは、私はあまり好みません。

総括すると、私は楽しかったですが、ゲームを知らない人や、ファンタジー好きな人には、割とあっさりした結末がほんの少し物足らないかもしれません。
そして逆に、「ICO」というゲームを好きな人には、納得できない小説かもしれません。
そういう意味で、他人に紹介するのは、ちょっと躊躇してしまいます。

そうだな、YA本として他人に安心して勧められるのは、どちらかと言うと「ブレイブ・ストーリー」のほうかな。

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少し変わった子あります

少し変わった子あります (文春文庫)少し変わった子あります (文春文庫)
(2009/06/10)
森 博嗣

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このところまた、私の中では「森博嗣」ブームが訪れております。
これは、シリーズ作品ではないのですが、森ファンならやっぱり色々と想像をめぐらせてしまう出来になっています。

びっくりするぐらい美しい「文学作品」でした。
それはそれはもう、極上のお料理を上品な器で味わったよう。
で、文学作品でありながら、どこかしらミステリアスで、そこはかとなくホラーテイストも加味されている。

毎回場所が変わる、名前のない料理屋。美しく整っていながら何故か印象に残らない容貌の女将。
客はただ一人。そして、毎回異なった女性が一人、食事のお伴をするという趣向。
行方不明になった同僚から、かつて紹介されていたその店をなんとなく訪ねてみた主人公の大学教官は、その不可思議な空間に、初めはとまどい、訝る。
食事のお伴をする女性もまた素性を明かさない。"その類"の店のように酔っ払いの愚痴を聞いてくれるわけでもない。特になんの特典もない。ただ、何故か皆、所作が非常に洗練されていて美しい。
「こんな趣向になんの意味があるのだろう。」
しかし、"ほんの少し物足りない"その余韻に何故かまた足を向ける気になり、2度3度と回を重ねることとなってゆく。

"一期一会"という言葉を突き詰めたようなシチュエーション。
膨大な時空の中で、今在る不思議。ここで出会う奇跡。
そして、そうでありながらも、詰まるところ自分は一人であり、最も愛しているのは孤独なのだと気付く。
厭世観とはまた違う。
見ず知らずの女性と相対して食事をしつつ、そんなふうに主人公は実に様々なことに思索をめぐらせる。
食事で支払う金額以上の何かを、彼はきっと得たのだと思う。
そして、同時に、日常という次元に於いて「何ものか」を失った。


私は人と差し向かいで食事をするのは苦手だ。
相手に見られている、というのは、相手を意識しているようでいて、結局は自分を顧みていることに繋がるからだ。
ゆるゆるの躾で育った私は食事のマナーもあんまりちゃんと知らないし、相手がきちんとしていればいるほど、いろんな意味で自己嫌悪のカタマリに陥ってしまうのだ。
この主人公が女性で、相手の、"所作の美しい人"が男性だったら、こういう店は成り立たない気がするなぁ。
この大学教官みたいに色んな思索に耽る余裕もなく、食べた気もせず落ち着かないだけだろう。
美しいけれど、やっぱりこれは男性視点の作品だな。

ただ、私も、所作の美しい人を眺めるのは好きだ。
小学生の頃だったと思うが、風邪かなんかで訪れた病院の看護師さんの手つきが、非常に洗練されていて美しかったことを思い出す。
脱脂綿の入った容器のふたを取る。
注射器にクスリをセットする。
それらのすべての動作が実にムダがなく流れるようで綺麗で、思わず見惚れてしまったのだ。
なんにしろ、美しいというのは心地よいことなのだな。

ラスト近く、なんだか違和感を覚えてきたな、と思ったら
やっぱりな展開。
ここで一気に背筋が寒くなった。

まったく違うお話ではあるけれど、解説者と同じく、私も
「注文の多い料理店」
を思い出してしまった。

余談であるが、「四季」シリーズを読んでいると、ちと色んな妄想が展開しそう。
女将の正体って…とか。
もちろん森先生は、そんなことどこにも書いていないし、ただのファン的迷走に過ぎないのだけど。

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Author:道楽猫
日々子育てに仕事に大忙し。
でも家事は忘れても(・_・)読書は忘れない。
そんな道楽猫が、日々の暮らしの隙間をぬって読んできた本の感想を留めたくて開設したブログです。

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