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西原理恵子の人生画力対決 1

西原理恵子の人生画力対決 1 (コミックス単行本)西原理恵子の人生画力対決 1 (コミックス単行本)
(2010/03/17)
西原 理恵子

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いやぁ…。

福本伸行(「カイジ」の人)の"圧倒的キティ"は衝撃的でした。


描けないにもほどがある!

私でももうちょっとマシに描けるぞ。(うん、いや…たぶん…)

あれはネタなんでしょうかね。それとも本気?
サイバラによると、福本伸行の「描けなさ」は「天上人級」らしいので、きっと本気なんでしょうね。


これを読んで、やっぱり漫画はエンターティメントであって、ただ絵が上手いだけならイラストでいいんだろうなーとつくづく感じ入ってしまいました。

実は私、サイバラはあんまり好きじゃないのですが、「ちばてつや」「やなせたかし」「藤子不二雄(A)」「江口寿史」などの大物漫画家との対決と聞いて非常に興味がわいたので、ついイキオイで買っちゃったのです。
サイバラだけが描いてんだったら買わねーよ(小声)。

でも、サイバラは「首寝違えてるから同じ角度からしか描けないんだろ」とか揶揄してますが、皆さん上手くはなくとも何やら独特の味がある。
そこはやはりプロの漫画家さんなんですよね。
(福本キティは味がありすぎてワビサビまで醸してますが。)
それでお金を稼いでいるプロと、ただ上手な絵を描いて満足しているシロウトの違いをこれでもかとたっぷり見せ付けられた気がしました。

中でも私が一番感銘を受けたのが、やなせたかし氏。

だって


70歳過ぎてブレイクって

すごすぎ!!


私も人生まだまだだな(きらり)

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テーマ 書評
ジャンル | 小説・文学

神様からひと言

神様からひと言 (光文社文庫)神様からひと言 (光文社文庫)
(2005/03/10)
荻原 浩

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社会人になって間もない頃、当時の上司から言われた言葉がある。
「たとえ今、自分がお客様の立場でも、もしかしたら明日は相手が自分にとってのお客様かもしれない。常にそう肝に銘じていなさい。」
その言葉を、ン十年経った今でも忘れていない私からすれば信じられない話なのだが。

巷には、神様になりたがる人たちがあふれている。
ほんの些細な商品の瑕疵に目くじらを立て、或いは店員の態度に難癖を付け、彼らは「責任者を出せ」「弁償しろ」と喚く。
"神様だから何でも通る。許される"と思っている。

私もかつて受電専門のテレオペの経験があるので、クレーマー対応には慣れている。
中年のオジサン相手ならば、とにかく相手を持ち上げる。
「お客様のおっしゃる通りでございます。さすがよくご存知でいらっしゃる。」
オバサマ相手なら、とりあえず気持ちに寄り添うフリをする。
「お気持ちお察しいたします。」「お怒りはごもっともでございます。」
そして心の中で「けっ」と毒づき、中指を立てるのだ。
我ながら性格悪いと思うが、わけのわからない"神様"を毎日相手にしていると、どんどん性格が歪んできて、すさんでもくるのだよ。

この本にも様々な形のクレーマーが描かれていて、クレーマーの実態を知らない人にすれば、こんなのはただの小説の世界の話であり、誇張されているだけだと感じるかもしれないが、実はこの本に出てくるクレーマーなんて、まだまだカワイイものなのだ。
私など、話の通じない相手に何度も何度も辛抱強く説明を繰り返しているとき、頭の中をずっとひとつの言葉がリフレインしていた。

「バカの壁」

だけど、本来クレームは企業にとっては宝の山であり、それを生かすことができれば、それこそ"お客様は神様"となり燦然と光り輝くことだろう。
現在、ほとんどの企業には「お客様相談室」という名のクレーム受付窓口が用意されているが、自社の社員が対応しているところは少なく、表向きはフィードバックをしている体裁をとっているが、実際にそのクレームを品質向上に役立てているのかと問われれば、私の知る範囲に限ればそういうところは皆無であった。
旧態依然の会社の体質、自らの進退にばかり汲々とする情けない上司たち。
若い主人公にはまどろっこしくイラつくことばかりだろうが、このトシになってつらつら考えれば、背負っているものの重さを思えば、それも致し方ない面もあるとは思う。

作中の「おでん」の喩え話の通り、社長だ専務だと威張ってみても所詮、自社の「おでん」の中だけのこと。
みんな一皮むけば、ただのオヤジであったり年老いた婆さんだったりする。
そして「おでん」の中では光り輝かない具も、それが主役となる場も必ずある。
時には鍋から飛び出し、新しい道を探すのもいい。すっかり味のしみたコンニャクや大根には難しいだろうけど、新参者のじゃがいもなら、うまくいけば「肉じゃが」として主役級の人生を歩めるやもしれない。
失敗したって、なに、今の日本なら「死にゃあしないさ」。

読み終えたときには、なにやら清々しく、思わず空を見上げて深呼吸をした。
うん、大丈夫。「死にゃあしないさ」。


"本物の神様"は、ジョン・レノンの「イマジン」に、ひとり静かに耳を傾ける。


天国なんかない

ただ空があるだけ


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アクロイド殺し

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
(2003/12)
アガサ クリスティー

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私の姉が、高校生の頃一時海外ミステリにハマっていて、特にアガサ・クリスティは大のお気に入りだったので、家にはほとんどの作品が揃っていた。
にも関わらず、当時中学生だった私は、そんな姉を「下賎な民よのぅ」とナナメに見下ろして、トルストイだのブロンテだのを知ったかぶりして読みふけっているスットコドッコイな似非文学少女だったので、姉のコレクションなぞには全く興味がなかった。
なんて勿体ない。クリスティもクィーンも読み放題だったのに。今から思えば宝の山だよ。
人は、失ってから無くしたものの価値に気付くのだよね。(しみじみ)

月日は流れ、今やすっかりミステリファンとなった私だが、読んでいるのは日本の作家の、それも最近の作品ばかり。海外ミステリにはとんと疎い。
作家の名前だけは色々知っているが、実際に読んだことは全くと言っていいほどなかった。
で、まずは、かつて姉が大いにハマっていたクリスティを読破しようじゃないか、と思い立ったわけだ。

「アクロイド殺し」(姉が持っていたのは「アクロイド殺人事件」というタイトルだったと思うが)は、その中でもクリスティを一躍世に知らしめることとなったという意味で、金字塔とも言える作品である。
とは言え、まったく予備知識はなし。
「オリエント急行」と「そしてだれもいなくなった」は何故か犯人を知っているのだが、こちらは「なんだか評価が分かれて揉めたらしい」「クリスティずるい」と言われたらしい、というぐらいしか知らなかった。

で、読み終えて、「なるほどなぁ」と唸った。
今でこそ、こういった仕掛けは珍しくもないが、当時としては実に画期的で、しかも大冒険だったんじゃなかろうか。叙述ミステリーの先駆けとも言える本作品は、なるほど確かに実によく練り込まれていて隙がない。

そして、人物描写がとても巧みであることにも驚いた。
ほんの少しのセリフと仕草でその人の人となりを的確に表現する。簡単そうでこれはなかなか出来ることではない。クリスティはそれをさらりとやってのけている。
ポアロは、私のイメージとちょっと違っていて意外だったのだが、なるほどなかなか食えない探偵だなと苦笑した。

さて、前述の「クリスティずるい」の部分だが。
私は「別にずるくないよね」と思った。ミスリードに引っかかったのは読者の勝手な思い込みのせいだし、伏線は至るところにばら撒かれているので、気付かないのは、これも読者がマヌケなせい。
でも「ずるい」とじたばたしてしまう気持ちもよくわかる。
そしてそれこそが叙述ミステリーの醍醐味なのだ。
人は騙されると腹も立つが、逆にその毒に引き込まれ、「もっと巧く騙してほしい」と望むようにもなる。
手品は、タネも仕掛けもあることをみんな知っている。それでも騙されたいと一流のマジシャンの元に人は集まる。
思えば、お酒だって人の感覚や感情を騙すものだよね。
きっと、みんな何かに"酔いたい"んだなと思う。

本格ミステリの真髄に触れたい人は、この本を読むといい。
心地良い酩酊に、頭の芯が熱くなる。

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さよならドビュッシー

さよならドビュッシー (宝島社文庫)さよならドビュッシー (宝島社文庫)
(2011/01/12)
中山 七里

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行間から、
ピアノの音が確かに聞こえた。

ピアノは、小さい頃から今に至るまで、私にとってずっと憧れの楽器である。
小学生の頃、ピアノが弾きたくて弾きたくて、でも貧乏だった我が家ではピアノを習うなんてそんな贅沢が許されるわけもなく、私は、近所からいただいた中古のオルガンをブーカブーカ鳴らしてピアノを弾いているつもりになって悦に入っていた。
今の私は知っている。ピアノという楽器は、もちろんそんな生易しいものでは、ない。

解説者は"スポ根"と評していた。
確かに、火事で大火傷を負い、ほとんどの皮膚を移植するはめに陥った主人公が、最終的にピアノコンクールに出場するに至る過程は、実に過酷なものだ。
しかしそこには、単なるスポ根とは違う、きちんとした(かどうかピアノを習ったことのない私にはわからないが少なくともそう思わせるだけの)理論の裏づけがあり、"努力と根性"だけで何事かを成してしまうというような荒唐無稽なお話ではない。

そしてこの物語は、ミステリーでもあるのだ。
ミステリー読みなら、この程度のトリックには気付かなきゃ、と思う方も多いだろう。
だが私は気付かなかった。
あの犯人のことは、もちろんわかった。で、ミステリーとしては凡庸だなと思っていた。
ところが、なのである。
気を付けて読んでいれば、ところどころのエピソードに違和感を覚えて当然なのに。
うっかり、ピアノのほうにばかり気を取られていて、見事に作者の策略に嵌ってしまった。
今から思えば…そうだよね、おかしいよね。なんで気付かなかったのか。うーん悔しい。

でもそこに気付くと、物語はまた違う輝きを放ち始める。
主人公の、そこに至るまでの想い、葛藤、苦しみ、そんなものが一体となったクライマックスは圧巻だった。
主人公が目指していた、聴衆に、風景を見せることの出来る演奏が見事に再現されていた。
確かに私にはその時ドビュッシーのアラベスクが聞こえたのだ。

ただ、なんだろう。登場人物には、ミスリードとは違う違和感のある人物が多かった。
お祖父ちゃんにしてもみち子さんにしても、全部、台本をしゃべっているような作り物感が満載なのだ。
特にみち子さんは、それまで全くと言っていいほど人物描写がなく、イメージが固まっていないところにいきなり滔々と方言で語り出すので、「この人どうしちゃったんだろう?」とビックリしてしまった。
そりゃ、作者にはちゃんとしたイメージがあってのことだろうが、読み手にはきちんとそれを文章で提示していただかないと、伝わらないし、違和感が募るだけで感情移入ができなくなるよ。

それと、もうひとつ。
「車椅子に乗ってる人がくると、みんな一斉に道をあけ、見て見ぬふりをする。」
というくだりがあり、それは確かにそうなんだろうけど、その理由として
「みんな関わりたくないんだ」
と切って捨てる。
けれどそうだろうか。
中にはもちろんそういう人もいるだろう。けれど、みんながみんなそんなんじゃない。
「儀礼的無関心」という言葉がある。
電車の中で泣いている人を見かけたとき、どうしたんだろうと気になりつつも必要以上にそちらを見ず、気付いていないふりをする、というのはみんなごく普通にやっていることだろう。それはある種の思いやりである。
明らかに相手が困っていれば手を差し伸べる。邪魔だろうから道もあける。けれどもそれ以上はお節介になる可能性があるし、ジロジロ見るのは明らかに失礼だろう。だから見ない。
でもそれは決して「関わり合いになりたくない」からではない。私はそれは一般的な思いやりなのだろうと理解している。
なので、この部分については、私は大いに異議を申し立てたい。

…すこし熱くなり過ぎた。
クールダウンクールダウン。

タイトルの「さよなら」の意味は最後に明かされる。
けれど、それは決して悲しいだけの言葉ではなく、希望に満ちた未来への約束の言葉でもあった。
涙が一筋こぼれ、読後もずっと心の中にドビュッシーが鳴り響く。

このシリーズを、もっと読みたいと思った。

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Author:道楽猫
日々子育てに仕事に大忙し。
でも家事は忘れても(・_・)読書は忘れない。
そんな道楽猫が、日々の暮らしの隙間をぬって読んできた本の感想を留めたくて開設したブログです。

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