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アイの物語

アイの物語 (角川文庫)アイの物語 (角川文庫)
(2009/03/25)
山本 弘

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遠い未来。そこではすでに人類は衰退し、地上は人類が生み出したアンドロイドたち機械に支配されている。
わずかに残った人々は住む場所を追われ、自分たちを駆逐したアンドロイドから身を隠しつつ各地で細々と暮らしていた。
そんな中、アンドロイドの「アイビス」は、自らが捕らえた「語り部」と呼ばれる一人の少年に、まだ人類がその栄華を極めていた時代にヒトの手によって創り出された古い物語(当時のSF)を語って聞かせる。
そう、これはアンドロイドの語る"千夜一夜物語"。
―― そうして少年は、アイビスによって人類の歴史についての驚愕の真実に辿り着くこととなった。

SFは苦手だと言う人が多い。何故だろう。
つらつら考えるに、それは「本格SF」と銘打たれているものには"理屈っぽく小難しい"ものが多く、その敷居の高さが読む人を選んでいるのだろうと思う。
確かに「オールタイムベスト」をざっとながめると、そういうものが多いのは事実である。
私自身、完全に文系人間なので、わけわからん理論をだらだらと説明されてもアタマに「?」がずらっと並ぶだけでちっとも理解できないし、だからきっとそういう小説を書く作家からすれば、私なんぞはまったく無用のオチコボレ読者なのだろうけど、この頃はもうすっかり開き直っていて、わけわからん部分は適当に解釈して(意外と卑近な喩え話に置き換えるとわかった気になれるものだ)、理屈よりもストーリー自体に目を向けるようにしている。そうすると、本当に面白いお話ぞろいなのだ。
だから、難しいからという理由だけで敬遠しているなら、それは実にもったいないことだと思うのだ。

で、そういう方には、日本の作家であれば、私は山本弘をオススメする(海外ならばソウヤー)。
山本弘は、SFの敷居をうんと低くしてくれる。この人の書くSFでは、小難しい理論もできるだけわかりやすく説明してくれているし、物語もエンタメ性に富んで飽きさせない工夫が凝らされている。
長縄をうんとゆっくり回して「さぁ、お入んなさい」といざなってくれるのだ。
実にわくわくする。SFって本来、ワクワクハラハラドキドキする夢物語のはずなのだ。
しかも、この「アイの物語」には、ひとつの物語として独立した作中作が7本も入っている。お得感満載ですよ、そこの奥さん!(誰?)

さて、この物語に登場するアンドロイド「アイビス」の「アイ」は「I(私)」であり「AI(人工知能)」であり、もちろん「愛」である。
そしてもうひとつ。忘れちゃならない
「虚数」の「i」。

ヒトを遥かに凌駕した知能を持つAIのアイビスが、何故繰り返し、"ただの人間"にヒトの創った物語を読み聞かせるのか。その意図は何か。

物語は所詮バーチャルだと世の人々は言う。
そんなニセモノの世界にばかり固執せずに現実に目を向けるべきなのだと。
そういう主張をする人は、私がそこで得た感動や、流した涙もまた、ニセモノだと言うのだろうか。

物心ついた頃から私は本を読むことが好きで好きで大好きで、暇さえあれば頭までどっぷり本の世界に入り込んだ。そこで繰り広げられる物語に酔い、本の中で私は実に色々なところに旅をした。様々な立場の人々の暮らしを知り、目を開かされてきた。
物語の世界では、自由に宇宙にも行けるし、銀河鉄道にさえ乗ることができるのだ。
(小学生の頃、私は本当にジョバンニやカムパネルラと一緒に銀河鉄道に乗ったと今でも思っている。)

スポーツの世界でも、イメージトレーニングが大切だとよく言われる。
頭の中で手順を繰り返し繰り返しなぞり、「出来る自分」をイメージすると、実際に行動に移した時にもイメージ通りに上手くいくことが多い。これは多くの人が経験していることだろう。

そう、まさに、その想像力こそが人が持つ最大の力なのだ。

作中作の一つ「詩音が来た日」の中で、アンドロイドの詩音は言う。
「すべてのヒトは認知症なのです。」
ヒトは物事を正しく認識することができない。すべての物事は脳の中でバイアスがかかり、まっすぐ認知することはない。見たいものしか見ない。聞きたい声しか受け容れない。だからいつまでも争いをやめることができないのだと。
世界の現状に目を向ければ、残念ながらその通りだと言わざるを得ない。

それでも、と私は思う。
ヒトの想像力は、宇宙ステーションを作り出し、ロケットを月へ飛ばした。
アンドロイドは、論理的思考により物事を「推理」することはできるが、「想像」することは出来ない。
「SFは死んだ」と言われる今こそが、最も想像力の必要な時代ではないのか。
理解できないものは、大いなる想像力をもってただ許容すればいい。


アイたちアンドロイドの言葉を借りれば

私たちはお互いのことを「茶碗の中ほども」理解できないけれど(3+5i)
愛があればすべてOK(3+10i)

これで完璧。


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ノラや

ノラや (中公文庫)ノラや (中公文庫)
(1997/01)
内田 百けん

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何事も、経験してみないとわからないものだと思うが、"猫を失う"というのも、経験した者でないとその悲しみは理解できないものだろう。

いいトシをした爺さんが、いなくなった猫を思って身も世もなく泣き崩れる。
愛猫のお気に入りだった寝床に突っ伏して、「ノラやノラや」と近所に聞こえるほどの声で毎晩号泣するのだ。
その姿を見て「滑稽だ」と嗤う者もきっと多かったに違いない。ましてそれほどまでに取り乱しているのは、頑固一徹と言われた百鬼園大先生なのだ。口には出さずとも、「いい気味だ」と溜飲を下げた向きもあったようだ。

だが、私は笑えなかった。
それどころか、百間先生と一緒になって、「ノラやおまえはどこへ行ったんだ」とめそめそめそめそ泣いてしまったのだ。
だって猫を失って嘆き悲しむ先生の姿は、そのまま私の姿そのものなのだから。

実家に、ノラと同じような猫がいた。ヒメという名の雌猫だった。
百間先生の奥様のように、母はよく
「いい子だいい子だヒメちゃんは」
と猫を抱っこして歩いていた。
ノラとヒメは共通点がたくさんある。
ヒメはノラと同じくとても頭の良い猫だった。
バスマットの上に粗相をした時、それを上手に足で蹴ってくるんで隠したこともまったく同じ。
その上、ノラと同じくある日ふいっと家を出て、そのまま二度と戻らなかった。
「ノラや」を読みながら、私はどうしても、いなくなったヒメを思い出さずにはいられなかった。

私と家族は、「あれは覚悟の上の家出だ。何故って、前の日、いつもは愛想なしのあの子が、こちらが驚くほど擦り寄ってきていた。あれは別れの挨拶だったんだろう。それにごはんもいつもよりたくさん食べていた。食べ溜めしていたんだ。」と口々に言い合ってお互いを慰めた。

だから、どこかで元気に暮らしているに違いない

そう思うことで心に折り合いをつけた。
それでも喪失感は大きく、なかなか気持ちの整理がつかなかった。

その後、はからずも、百間先生はクルツという、ノラに良く似た別の猫を飼うことになるのだが、クルを可愛がりながらも、決してノラのことを忘れていなかった。
ノラのために毎日続けているおまじないを欠かさない。何かの拍子にふとノラを思ってはまた涙する。

昨年、私は18年間連れ添った最愛の猫を亡くした。
行方不明の猫を思って流す涙は、可哀想な猫のための涙だが、亡くした猫に流す涙は、それはどちらかと言えば人間の側のためのものだろう。私は絵に描いたようなペットロス状態に陥った。毎日毎日うっかりすると人前だろうとどこだろうと涙が頬を伝い、慌ててそれをぬぐう。
ふすまを閉めるとき「あ、もう猫が通る隙間を開けておく必要なかったんだ」と思っては涙、魚を食べるとき「これ、あの子が大好きだったなぁ」と思っては涙、もう心置きなく旅行にいけるんだなぁと思ってはまた涙。涙涙涙。
だからクルの描写は、本当に読んでいて辛かった。

「クルやお前か」
このひと言に胸が締め付けられる。
「ノラや」を読んで「笑った」という感想を読んで私は憤った。人の悲しみをなんだと思っているのだ。
深い愛情を注いでいた存在を失って、うろたえる姿がそんなにおかしいか。悲しんで何が悪いのか。

正直、読んだ直後は、去年亡くなった猫を思い出して辛くてしょうがなかったし、読むんじゃなかったなぁと後悔もしたけれど、そうやって事あるごとに思い出して涙を流す、それ自体が、逝ってしまった猫たちへの、そして自分自身への供養になるんじゃないかと思い直した。
そうしてもう一度最初からゆっくり文字をたどり、可愛いノラとクルに思いを寄せた。

ノラもクルも百聞先生も、いまはもうみんなこの世にいない。

それでも、その深い想いは、時を超えて私の心に沁みてきて、知らずまた涙を引き寄せる。
本は凄い。


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秋の牢獄

秋の牢獄 (角川ホラー文庫)秋の牢獄 (角川ホラー文庫)
(2010/09/25)
恒川 光太郎

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この小説について、「ホラーではない」「恒川作品らしい怖さがない」と言う人がいる。
そういう人は、たぶん幸いにもそれまでの人生に於いて一度も何処かに囚われた経験がない人なのだろう。
「どこにも行けない」「出られない」恐怖は、自らが経験してみないとわからないものなのかもしれない。

昔、一度だけエレベーターの中にたった一人で閉じ込められたことがある。
降下の途中でいきなりがくん、と箱が止まり、緊急ボタンを押してもだれも応答してくれない。
時間にして僅か30分程度ではあったが、その時の恐ろしさは今でも忘れられない。
「家の中に入れない」ことと並んで、「押し入れや物置に閉じ込めて出さない」というのは子どものお仕置きとしても昔からよく行われている。
それほどに、「出られない」という状態は人にとって大変な恐怖なのだ。

表題作の「秋の牢獄」は、それに加えて「これからどうなるかわからない」という恐怖までが加味されている。
その象徴は「北風伯爵」という得体の知れない存在として描かれる。
なんたって"北風"なのだ。
これが「春風伯爵」なら途端にメルヘンな世界になってしまい、希望に満ちた明日が約束されている気にもなるけれど、秋の次は冬が待っているわけだから、抜け出した後もどうなるかわからないといった絶望をも予感させる。だからこそ恐ろしい。
けれど。
私も主人公と同様、未来を信じたい。
歌にもあるじゃないか。
明日という字は明るい日と書くのだよ。

2つ目のお話は「神家没落」。
「迷い家伝説」は色々あるが、どのパターンに於いても、通常、神の家である迷い家は一度訪れた後は同じ者には二度と見つけることはできない。
しかし、この物語では主人公はこの「迷い家」に囚われてしまう。
そこで彼はいつしかまったりスローライフを満喫することとなるのだが、その彼が「この人なら」と後を継がせた人物は実は…。

その住処を神の家にするも鬼の棲家に変えてしまうも、住む者次第ということか。
非常に示唆に富んだ深いお話だった。

最後は「幻は夜に成長する」。
囚われの超能力者は心の裡に魔物を育てていた。
体は蹂躙できても心までは縛ることはできない。
物語のその後を想像してわくわくする。
これは是非長編でじっくり読んでみたい。

それにしても、恒川光太郎の描く世界は、何故こんなにもはかなく美しいのか。
しんとした静謐さと、ひんやりと張り詰めた空気。
心の中の小さな炎が微風に揺らめく。
その危うい焦燥感が何故か心地よい。

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テルマエ・ロマエ III

テルマエ・ロマエ III (ビームコミックス)テルマエ・ロマエ III (ビームコミックス)
(2011/04/23)
ヤマザキマリ

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今年最初の記事は、やっぱりコレ!

すでに4巻目も出てるので今更な感がありますが、個人的にこの巻が今まででいちばん好きです。
なんと言っても表紙絵が秀逸!
ラオコーンの苦悶するポーズにシャンプーハットとは(笑)。
なるほど確かにシャンプーしてるようにも見えます。
あまりにピタリとハマっていて、いつもながらヤマザキマリさんの斬新な発想には驚かされます。

今巻でも相変わらずルシウスは、風呂の案に詰まると(自らの意思とは無関係に)現代日本へタイムスリップし、"平たい顔族"の文明にヒントを得て(時にはパクって)は元の古代ローマに戻ってそれを生かしたものを創るのですが、今回はなんと、それプラス、ついに"平たい顔族"のほうもルシウスの影響を受けたものを創り出してしまうのです。
ルシウスと日本人のにーちゃんの共同作業はとってもほのぼのとしていて心温まりました。
言葉なんて通じなくったって気持ちは通じるんですよね。
いやそれにしても、古代ローマ風呂に「どすえ」って(笑)。

そしてルシウスはいつでもどこでもクソ真面目。
本来あまり笑ったりしない人なんですが、それだけに、時々日本人と目が合って「にやり」とするシーンはとってもステキ。
今回特に好きだったのは、日本の山奥での、炭焼き小屋の爺さんとのエピソード。
爺さんの熱唱する「与作」に合わせて、思わず「HEIHEIHOUUU!」と照れながらも調子を合わせて一緒に歌ってしまうルシウスが何とも可愛いのです。

ついに実写で映画化され、更にはアニメ化までされてしまったほどの人気漫画になってしまいましたが、巻が進んでも全く勢いが衰えないその面白さには、きっと誰もが夢中になってしまうはず。
私なんて、もう、何回読み返しても同じシーンで爆笑してしまうのです。

さて、次はいよいよ最新巻。読むぞ~~!!

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日々子育てに仕事に大忙し。
でも家事は忘れても(・_・)読書は忘れない。
そんな道楽猫が、日々の暮らしの隙間をぬって読んできた本の感想を留めたくて開設したブログです。

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