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ホミニッド-原人

ホミニッド-原人 (ハヤカワ文庫SF)ホミニッド-原人 (ハヤカワ文庫SF)
(2005/02)
ロバート・J. ソウヤー

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もしも、我々の祖先がクロマニヨン人ではなく、ネアンデルタール人だったら、この地球はいったいどんな世界になっていたのだろう。
もしも、我々の存在するこの宇宙がただひとつではなく、どこかに別の宇宙があって、我々とは少し横にずれた時間軸の中を平行に進んでいるとしたら…。

そう、この物語は

ネアンデルタールから進化した世界に住む科学者ポンターが、量子コンピューターの実験による事故で平行宇宙に飛ばされて、クロマニヨンから進化した人間に、ある日突然、出会った――(by 下條アトム『世界ウルルン滞在紀』)

ところから始まるのだ。なんてそそられる設定だろう。SF好きでソウヤー好きな私が、こんな面白そうな本を見逃すわけがないじゃないか。

で、ほくほくと読み始めたわけなのだが、もう、もう、期待に違わず、本当に面白かった。
途中で読むことをやめることができず、とうとうお終いまで一気読み。
平行宇宙の、あっちとこっちで同時に物語が進み、まるで映画を観ているかのように場面が次々切り替わるため、まったく目が離せないのだ。
我々クロマニヨン側では、突然現れた"進化の法則から外れた人間"の登場に大パニック、一方ネアンデルタール側では、実験中の科学者が突然消えたため、残された相棒に、殺人の嫌疑がかけられ、こちらもハラハラの連続。
さすがソウヤー、読者を楽しませるのが本当にお上手。

しかしながら、ただ物語として「ああ面白かった」では終わらない、非常に重い問題提起も、ソウヤーは忘れていない。
実はソウヤーが描きたかったのはそこの部分だろう。

人間の本質。

どこまでも合理性を追求し、すべての人類が平和に共存できる理想郷を築き上げたネアンデルタール人の住む地球に対し、我々の住む地球はどうだろう。
少しでも"自分たちだけが"便利で快適な生活を営むために、敢えて非合理な生活スタイルを続ける。
ひとつの種が絶滅するまで狩り尽くし食べ尽くし、大気が汚れることもおかまいなしに生産し続ける。
"正義"の名の下に争うことを決してやめない。
だれもが、いずれ破滅が訪れることを恐れつつ、合理的でないことを「まだまだ大丈夫」と嘯き、止めることが出来なくなっている。
そんな我々に、ポンターは「何故そんな生活を続けるのか」「どうして無意味な争いをやめないのか」と問いかける。

ポンターの素朴な「なぜ?」に、最早、いまの地球人はだれも答えることはできない。
だからと言って、自由に愛する人と暮らすこともできず、好きなときに好きな人と交流できない「理想郷」に住みたいとも私は思わないが、それでも、「何故やめられないのだろう」との問いは、心のどこかにしっかりと納め、折りあるごとに取り出して、自分の生活を見つめたい。

…一点、私からもポンターに素朴な問いを。

いくら嗅覚がすぐれているからって、すべての女性が揃いもそろって同じ周期で生理を迎えるなんてことは、ちょっと無理じゃないっすか?体調や精神的なことで生理周期なんて簡単に崩れるんだけどなぁ。実にフシギだ。
そこんとこ、ソウヤーさん、どうっすか?

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魔法の代償

魔法の代償 上 (最後の魔法使者3) (創元推理文庫)魔法の代償 上 (最後の魔法使者3) (創元推理文庫)
(2012/02/18)
マーセデス・ラッキー

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魔法の代償 下 (最後の魔法使者3) (創元推理文庫)魔法の代償 下 (最後の魔法使者3) (創元推理文庫)
(2012/02/18)
マーセデス・ラッキー

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本が好き!」さんから献本いただきました。感謝!

「最後の魔法使者」シリーズもいよいよ大詰め。
前作「魔法の誓約」で、「魔法使者」としてヴァルデマールのために生命を賭する決意を固めたヴァニエル。
その悲壮な決意のもと、「もう決して誰も愛さない」と心に誓っているヴァニエルなのだが、死の床にある王を"癒す"ために召喚された、まだ歳若い詩人「ステフェン」に、どうしても惹かれてしまう自分を認めざるを得ない。

けれど、そんなヴァニエルの深い苦悩を知らないステフェンは、若さ故に真っ直ぐに一途にヴァニエルに想いを寄せ、どんなにアタックしても自分の想いを受け止めてくれないヴァニエルに焦れている。
そしてついに、あるキッカケを経て、二人はお互いが「生涯の絆」で結ばれている存在であることを知るに至るのだった。

ああ、なんてBLの王道。
私は、実のところBLは少々ニガテ。
そんなわけで、上巻は読むのがちょっとキツかった。
それが、ヴァニエルが何者かに命を狙われるあたりから、物語は大きく動き出し、まったく目が離せない展開に。

どんなに平穏な人生を望もうと、生まれながらに魔法の力を身に付けている「魔法使者」であれば、国のため、民のため、先頭を切って戦いの場に自ら飛び込むのが掟。
一人、また一人と、重鎮が倒されてゆく中、ヴァニエルはついに、最後の魔法使者として、見えざる敵に立ち向かうため、一人旅立つ決意をするのだった。

…一人?
いやいや、彼には常にその身に寄り添う"共に歩む者"「イファンデス」がいる。
イファンデスもまた、ヴァニエルを守るため、命を賭ける覚悟をしているのである。
そして、ヴァニエルの生涯の絆の相手であるステフェンも、片時もヴァニエルのそばを離れない決意を固め、彼と共に旅立つ。

だが、彼らが対峙するのは、想像を超えた魔法力を備えた強敵。
最悪の事態に向けて、刻一刻と時計は進む。
その悲愴な決意をステフェンに隠さざるを得ないヴァニエルの深い苦悩、戦い方も知らず愛する人をただ守りたいとひたすらに願うステフェンの一途な想いに胸詰まる思いでページをめくる。
下巻は、まさにヴァニエルとステフェン、そしてイファンデスと共に、全ページ一気に駆け抜けてしまった。

それなのに…。ああそれなのに。
一番のクライマックスを、「続きはCMの後で」みたいにさんざん引き伸ばした挙句、結局見せてくれないってのはいったいどういう趣向なんだい?

結局、あの戦いの場で何があったのか、読む者には謎のまま、終わってしまうのだ。
それはきっと作者の思惑があってのことなのだろうが、少々腑に落ちないし脱力してしまう。
それまで私も一緒に旅している気分に浸っていただけに、突然放り出されてしまって実に残念。

ともあれ最後の魔法使者は伝説の魔法使者へ…。
そして若き詩人は伝説の大詩人へと名を変え、人々の間で永遠に語り継がれる。

ラストは、一筋の涙と深い余韻の残る、とてもいい終わり方だった。
はやく次が読みたいなぁ。

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龍神の雨

龍神の雨 (新潮文庫)龍神の雨 (新潮文庫)
(2012/01/28)
道尾 秀介

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思い込み、思い違い、すれ違い。

人という生き物は、その名の通り、"人の間"にあってこそ存在できるものであろう。
人は一人では決して生きていけない。
しかし、一方で、個々はそれぞれ独立した思考を持つ存在だから、悲しいことにその中では様々な軋轢や諍いも生じてしまう。

「これぐらい言わなくてもわかるだろう。」

「気持ちを汲み取ってほしい。」

往々にして、人は相手にそう期待する。しかし、思いのほか気持ちは真っ直ぐには伝わらないものだ。

私の大好きな森博嗣さんの小説の中にこういう一節がある。

「相手の思考を楽観的に期待している状況……、これを、甘えている、 というんだ。いいかい、気持ちなんて伝わらない。伝えたいものは、言葉で言いなさい。 それが、どんなに難しくても、それ以外に方法はない」(森博嗣『詩的私的ジャック』)

その通りだと私も思う。そして常々自戒している。


この物語は、そういった、"思い違い"、"外面と内面の相違"が産んだ悲劇の物語である。
すべての登場人物が、あとほんの少しずつ思いを率直に口に出していたら、きっとこんな悲劇は生まれなかったろう。
もちろん、それはそれで、また別の騒動も引き起こされたかもしれないけれど、それでも、こんな残酷な事態には至らなかったはず。

常々思うことだが、本当に、人は見かけによらない。
そして、決して自分の目に映っているものがすべてではない。むしろ、ほとんど何も見えていやしないのだ。

そこに気付かず、目に見えているものがすべてで真実、と思い込むところから悲劇は始まった。
人生、生きてさえいれば、大抵のことはやり直しがきく、とよく言われる。
けれど、やはりどうやっても取り返しのつかない物事はある。

この物語の主人公である兄と妹の、これからを思うと胸が痛む。
どんなに悔やもうと誰を呪おうと、自分の行動の落とし前は、自分でつけるしかないのだ。


彼らが見たものは、本当に"龍神"だったのだろうか。
見たいものしか見ようとしない、そんな者の目に映る"それ"が、紛い物ではないとは誰にも言えない。

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カラスの親指

カラスの親指 by rule of CROW’s thumb (講談社文庫)カラスの親指 by rule of CROW’s thumb (講談社文庫)
(2011/07/15)
道尾 秀介

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ミステリーの中でも、私はとりわけ叙述トリックが大好物なわけなのだが、同じ「やられたー!」であっても、騙されて気持ちの良い作品と後味の悪い作品とがあると思う。

で、これは前者(お話自体はミステリーではないけれど)。
初読み道尾作品が「向日葵の咲かない夏」という、なんとも陰惨な作品だっただけに、それと対照的な明るさのあるこのお話の、突き抜けたスカッと感はなんとも小気味良い。
同じ趣向の、とある辻村深月作品(ネタバレになりそうなので敢えて作品名は伏せる)では、"気持ちを踏みにじられた"不快感があったのだが、本作では、騙されても「そうだったんだね。」という安堵が残るだけで、別に腹も立たなかった。

それは、やはり作中のキャラに因るところが非常に大きい。
どの登場人物もそれぞれに魅力的な愛されキャラなのだ。
みんな幸せになってほしいな、と素直に思える人物ばかりだと言うのも、なかなかに稀有な作品である。

特にテツさんが良い。
彼の語る「指」の話がとても秀逸で印象深いのである。
ただ、ここでそれを語ってしまうと、せっかくの本作の良さを削いでしまう可能性があるので、どんな話か興味のある方は、是非とも読んで確かめてみてほしい。

それにしても、「職業に貴賎なし」とは言うけれど、やはり他人に迷惑をかけたり苦痛を強いるような金儲けの方法は間違っていると私は思うし、そういうものを「仕事」とは言いたくない。
甘い考えかもしれないが、真っ当に生きたいと、誰もが思っていると信じたい。

終盤、なんだか道尾さんにしてはあま~い展開だなぁと拍子抜けしているところに

やってきました。

大ドンデン返し!

これは大技というか、荒技。
リアリティがあるかと言えば、ない。
ないないない、あるわけないよこんなお話。

でも救われる。じーんとする。

絶対にないが、この広い世間で、こんなことが実際あってもいいな、と素直に思える。
冒頭に記述した通り、後味が良く、しかも何とも言い難い余韻が後を引く。

うーん。
道尾秀介、ちょっとクセになりそう。

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地球移動作戦

地球移動作戦 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)地球移動作戦 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)
(2009/09)
山本 弘

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"未来"という言葉には、漠然とながら、明るいイメージがある。
しかし、そこに"地球の""日本の"という言葉がプラスされると、途端に暗澹たる気分になってしまうのはどういうわけだろう。
ほんの少し前までは、確かに日本の未来も地球の未来も明るかったはずなのに。

私は(年齢がバレてしまうが)、人類が月に降り立った様子を子どもの頃テレビで見た年代である。
近所のお風呂屋さんに行く道すがら、夜空に輝く月を眺めて「うさぎはいなかったねぇ」と母と話しながらも、何となく、科学の力がもたらす薔薇色の未来に、胸がワクワクしたことを覚えている。

いったいいつから、科学は魔法の力を失ってしまったのだろう。いつから、世界は輝きを無くしてしまったのだろう。
人類が大航海時代の逞しさを取り戻すことは、もう二度とないのだろうか。

いやいや、そんなことはないのだよ。人間はどんな苦境をも乗り越えられる程度に逞しく、そしてそんな人間が操る科学はやっぱり万能なのだよ。

というような感慨をもたらしてくれるのがこの本である。


人類滅亡の危機が27年後に訪れる。
それが逃れようのない事実であったとしたら。
その時人間は、その恐怖とどう闘い、それをどのように回避してゆくのか。

「妖星ゴラス」という古いSF映画へのオマージュ作品でもある本作は、遠い宇宙の彼方から27年後に地球に最接近する惑星がもたらす厄災から、人類が叡智を結集して逃れることがテーマとなっている。
今よりずっと科学が発達した未来の世界でありながら、そんな大きな天体が、何故そんなに近づいてくるまで気付かれなかったかと言えば、実は、彼の星は、目に見えない鏡像物質(ミラー・マター)で構成されていたためである。
(よく考えてあるなぁ。)
で、ミラー・マターは、どんな物質をも透過してしまうという性質があることから、彼の惑星自体を動かすことは不可能。
じゃあ、どうすりゃいいの?と世界は大パニック。

で、優秀なる科学者は考えた。

"押してもダメなら引いてみな"

ってんで、なんと地球と月の軌道を変えちゃおうぜ!という壮大なプロジェクトがついに始動したのだ。

もちろん、地球の危機だからと言って、すぐに世界がひとつになったかと言えば決してそんなことはない。
様々な思惑、各国の利害、思想、そんなものに邪魔され、計画は遅々として進まない。
この物語中には、大きな軸として「ACOM」という存在があり、これはARなる拡張現実の世界に存在するバーチャルな人格のことであるのだが、そのACOMに人類の未来を託そうというような、厭世観に満ちたアイディアに多くの人々が魅力を感じて心動かされたりもしてしまう。

実は、正直なところ、登場人物にはあまり魅力を感じず、なかなか感情移入も出来なかった。
そのせいか、いよいよ作戦が始まっても、あまりドキドキもワクワクもハラハラもしない。
なのに…なのに、である。
なんでこんなにもクライマックスで涙が出てしまうのか。
それはきっと、今の日本の境遇に、思いを馳せてしまったからだろう。
それもまた、物語の持つ力だ。

作戦が成功してもしなくても、どうやっても多くの犠牲は出てしまう。
地球で運命に翻弄される人々も、地球移動作戦に関わり闘う人々も、そしてバーチャルな人格であろうと、すべての命は決して「駒」ではない。心がある。失われた命があれば、それを悼み、嘆く者が確実に存在するのだ。

けれど人は負けない。

作中に流れるのは「シュテルンシフリート」という曲だが、私の頭の中では、ずっと別の音楽が流れ続けていた。

それは「甲斐よしひろ」の「嵐の季節」という歌。
甲斐バンドのファンでなければきっと知らない名曲。

そうさコートの襟を立てじっと風をやり過ごせ
みんな拳を握り締めじっと雨をやり過ごせ
今は嵐の季節



耐える時間は長く、辛い。
今、日本は耐えねばならない時期なのだろう。
けれど嵐はいつか止む。吹き飛ばされないように立ってさえいれば。
高次元の神ではない私たちは時間を操れないから、過去は捨てて未来に踏み出してゆくしかない。
戻れない時間に縛られ、もがきながら、嘆きながら、じっと雨をやり過ごすのだ。

空の彼方に、微かに明るい日が差したら、雨も終わり。
SFは、やっぱり祈りであり希望だ、と私は思う。

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Author:道楽猫
日々子育てに仕事に大忙し。
でも家事は忘れても(・_・)読書は忘れない。
そんな道楽猫が、日々の暮らしの隙間をぬって読んできた本の感想を留めたくて開設したブログです。

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