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ゴールデン・フリース

ゴールデン・フリース (ハヤカワ文庫SF)ゴールデン・フリース (ハヤカワ文庫SF)
(1992/11)
ロバート・J. ソウヤー

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ソウヤーは面白いなぁ。
本当にどれもこれもハズレがないからすごい。
書く際に選ぶテーマには、おそらく作者自身の趣味嗜好が反映されているのだろうけれど、決して独り善がりにならず、常に読者を第一に見据え、読者を楽しませることに徹している。
好きが高じていつのまにか作者の一人語りに発展し、読んでいて辟易させられる小説が多い中、なかなかどうして、出来ることではありませんよ。

さて本題。

人間の命を守ることが第一命題のはずのコンピューターが殺人を犯す…
さてその動機は?
というのが本作のテーマ。

入念に選出された1万の人間と共に、47光年の彼方に発見された惑星コルキスをめざす宇宙船「アルゴ」を統括する、第10世代コンピューター「イアソン」。
その行程の半ば、人々の間にそろそろ地球への帰還を望む声やホームシックが蔓延し始めた頃、有り得べからざる悲劇が「アルゴ」を襲う。乗組員の一人「ダイアン」が無残な姿で発見されたのだ。
彼女の死は自殺か他殺か。閉ざされた宇宙船の中で、人々は騒然となる。
「イアソン」は彼女は自殺したのだと主張する。万全の監視体制を取っているはずのイアソンが何故それを止められなかったのかの理由も、一見納得のいくものだった。
だがしかし、ダイアンの元夫アーロンだけは、その死因に違和感を拭えず、独自の調査を始める。

倒叙形式なので、概ね第10世代コンピューター「イアソン」の視点で物語は進みます。
最初にイアソンによる殺人の一部始終が語られます。刑事コロンボですね。
しかしイアソンは、その動機については決して語りません。
彼が抱える秘密とは一体何なのか。ダイアンは何故殺されなければいけなかったのか。

作者が「2001年宇宙の旅」を意識していたのは確かでしょう。
けれど、思うにソウヤーは、HALの殺人動機に納得がいかなかったのではないかな。
真相が明かされた時、驚きと同時に「ああなるほど」と非常にストンと腑に落ちたのです。
人工知能は、いくら進歩しようとあくまで「人工」なのです。ヒトとは明らかに違うのです。
感情を持っているようで、それはやはりヒトとは全く異なった構造をしている。
"守る"という意味を、"人を傷つけない"ということの意味を、彼らは論理的にしか理解できないのです。
あれほどまでに"感情的な"イアソンでさえ…。

そう、イアソンはとても感情豊かなのです。真相に近付きつつあるアーロンのことを「いまいましい」と吐き捨て、不安に思うあまり、アーロンの脳を丸々コピーして(!)彼の思考を後追いしようとまでします。
しかも睡眠中を狙って洗脳まで試みるとか。お茶目過ぎです。
サイコーだったのは、真空シャフト内エレベーターにわざわざ音を付けているというくだり。

はじめは冗談だった。こんなものが音をたてるはずがないことに、だれかが気づくと思ったのだ。これまでに七千三百万回エレベーターを動かしたが、まだだれも気づいていなかった。


音がするはずないんですよね。真空なんだから。なのに誰も気付かない。こんなお茶目なことをやりつつもコンピューターなので、しっかり回数はカウントしている。笑えます。

最終的に最先端コンピューターイアソンの犯罪を暴いたのは、殺されたダイアンの持ち込んだ骨董品だったというのは大いなる皮肉。
しかし、この物語、そんな小さなスケールでは終わらないのです。
最後の最後に大ドンデン返し。
ええーっ!?
となること間違いなし。

やるなぁ、ソウヤー。そうかそうきたか。

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ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。

ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。 (100周年書き下ろし)ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。 (100周年書き下ろし)
(2009/09/15)
辻村 深月

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痛い。

なんというか、手と言わず足と言わずどこもかしこもグサグサグサグサとナイフで突き刺されているような痛みを、読んでいる間中、初めから終わりまで感じ続けた。
終わり近くにはついに心臓にまで達し、もう少しで息の根を止められるかと。

ああ痛い。痛くてたまらない。

読み終えて、大きく息をついた。

女なら、誰でもが思い当たる負の感情を剛速球でぶつけられ続け、自分の中の暗い沼の深淵を鏡に映し出されるような不快感を覚えつつも、どうしても読むのをやめられない。
辻村深月も女性だからなぁ。容赦ない。

女どうしは難しい。
友人関係であろうと、母子であろうと、それは同じ。
相手の言動に自分を映し出し、嫌悪する。嫌悪しながら同時に惹かれる。そしてそんな自分がまた嫌いになる。
けれども、一方で、湧き出る自尊心を抑えきれない。相手に同情しつつ蔑んでいる。
「気持ち、よくわかるよ」「可哀想に」
なんて同情を寄せつつ
「私の方が上だ」「私はこんな女とは違う」
だれもがどこかでそんな感情を抱いているのではないか。
図星を突かれ過ぎてズキズキする。

みずほとその母の関係も、チエミとその母の関係も、どこかで自分自身に思い当たり跳ね返ってくる。
私と母との関係は良好ではあったけれども、私はたぶん心のどこかで、常に良い子、良い娘であることを期待されることに反発し、母の愚痴を聞かされることにうんざりしていた。
母にとって私は"最後の砦"であった。他の家族がマトモでなかった分、私が真っ直ぐに良い子に育って普通に就職し普通に結婚することを母はずっと期待していた。

母親は常に娘を支配し続けようとする。
娘はどうするか。そこから逃れようともがくかそれともチエミのように共依存の関係を築き上げるか。

みずほやチエミのような極端なケースではなくとも、いずこも、たとえ姉妹のように見える母子の間にも、きっと大なり小なり確執はあるだろう。
母も女。娘も女なのだ。

「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」は究極の母性の言葉。そして呪いでもある。

大勢の中から、一瞬の間にたった一人の自分の娘を見分けることが出来てしまう。
自分の中にも確かに存在する母性に胸が熱くなる。
そして、娘であるみずほの気持ちも理解できながらも、やっぱり「酷いよ。」とつぶやいてしまう。

ああ私は今、どうしようもなく母なのだな、と思う。

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Author:道楽猫
日々子育てに仕事に大忙し。
でも家事は忘れても(・_・)読書は忘れない。
そんな道楽猫が、日々の暮らしの隙間をぬって読んできた本の感想を留めたくて開設したブログです。

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