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魍魎の匣

文庫版 魍魎の匣 (講談社文庫)文庫版 魍魎の匣 (講談社文庫)
(1999/09/08)
京極 夏彦

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どうしよう…
すっかり京極堂に「憑かれ」ちゃったよ。

これほんっっとうに面白かった!
この本に初めて対峙した時には、その凶悪なまでの分厚さに正直身構えてしまったのですが、いざ読み出すとページをめくる手が止まらない止まらない。
これだけ長いと、さすがに一気に、とはいかないけれど、遅読の私にしては驚異的なスピードで読破してしまったのです。

この物語、前作「姑獲鳥の夏」同様、ミステリとしてはギリギリなんですよ。
で、実は私自身はミステリとしては捉えていません。

「魍魎とは境界だよ」

京極堂がそう断ずる通り、まさに、人としての境界を超えるか否か、の物語。
登場人物の一線の超え具合は、むしろもうファンタジーの領域だろうと。
その突き抜け方に、どうも私は"憑かれ"てしまったようなのです。

犯罪には動機が付きものと誰もが言う。
けれど、動機なんて、所詮、世間が納得するための後付け。
いくら理由があろうと何だろうと、普通、人は人として踏み越えてはならない一線は超えない。
そこを超える後押しとなる一瞬のナニモノかを「通り物」と呼ぶ。
言い換えれば、誰でもが犯罪者となる可能性を秘めているのだよね。
うん、いつも通り、京極堂の薀蓄はとても深い。

ところで、この物語の中には、2種類の「ハコ」という文字が登場します。

タイトルの「匣」と御筥様の「筥」。
文字そのものにどういった違いがあるのかはわからないけれど、いずれにせよ、「ハコ」は本来、モノを容れるためにあるものであって、決して箱そのものが主体となるべきではないでしょう。
この物語中の人物の不幸は、どれも中身ではなく入れ物が主体となってしまったが故に、訪れたものなのだと思います。

これは個人的な見解なのですが、私は、人には

「始めに箱を用意して、後から中身を考える」人と

「始めに中身を用意して、後からそれに見合った箱を考える」人

の2つのパターンがあるように思うのです。

どちらを選ぶにせよ、用意された箱とその中身がうまく調和できなかった時に、人は不幸を感じるのではないでしょうか。

びっしり
みっちり

そういう表現ってとっても「満たされた」感がありますよね。
幸福と呼ばれる感情が、"満たされる"ことから引き起こされるのであれば、多分に比喩的になりますが、用意した箱がみっちり詰まった状態を幸福と言うんじゃないかって気がします。
その意味では、与えられた境遇に満足して、スライムのように形を変えて自ら箱にみっしり詰まることの出来た雨宮が一番の幸福者だったのではないでしょうかね。
柔軟性というのも、幸福のひとつのキーワードかもしれません。

物語全体としては、タイトルに違わず陰惨で猟奇的な雰囲気が漂うので、バラバラ死体だのなんだのが苦手な方にはオススメできないのがとても残念なのですが、今回はとにかく常連キャラがとても面白いので、できれば是非、京極堂シリーズ未読の方にも読んでみていただきたいなぁと思うのです。

その京極堂は相変わらず関口に対しては本当に辛辣なんですが(笑)、酷薄なことを言いつつ、本当は関口のことが心配でほっとけないんだなぁというのが言葉の端々や態度に表れていて思わずクスリとさせられたし、榎木津は世間からのズレ具合が益々パワーアップしていて目が離せないし、木場修はかっこ良すぎて思わず
「惚れてまうやろ~~」
な雰囲気を醸し出してるし、兎にも角にも先入観は捨てて、読むべし読むべし、ですぞ。

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↑京極堂、一発変換は「今日極道」(・_・)
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日々子育てに仕事に大忙し。
でも家事は忘れても(・_・)読書は忘れない。
そんな道楽猫が、日々の暮らしの隙間をぬって読んできた本の感想を留めたくて開設したブログです。

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