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ノラや

ノラや (中公文庫)ノラや (中公文庫)
(1997/01)
内田 百けん

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何事も、経験してみないとわからないものだと思うが、"猫を失う"というのも、経験した者でないとその悲しみは理解できないものだろう。

いいトシをした爺さんが、いなくなった猫を思って身も世もなく泣き崩れる。
愛猫のお気に入りだった寝床に突っ伏して、「ノラやノラや」と近所に聞こえるほどの声で毎晩号泣するのだ。
その姿を見て「滑稽だ」と嗤う者もきっと多かったに違いない。ましてそれほどまでに取り乱しているのは、頑固一徹と言われた百鬼園大先生なのだ。口には出さずとも、「いい気味だ」と溜飲を下げた向きもあったようだ。

だが、私は笑えなかった。
それどころか、百間先生と一緒になって、「ノラやおまえはどこへ行ったんだ」とめそめそめそめそ泣いてしまったのだ。
だって猫を失って嘆き悲しむ先生の姿は、そのまま私の姿そのものなのだから。

実家に、ノラと同じような猫がいた。ヒメという名の雌猫だった。
百間先生の奥様のように、母はよく
「いい子だいい子だヒメちゃんは」
と猫を抱っこして歩いていた。
ノラとヒメは共通点がたくさんある。
ヒメはノラと同じくとても頭の良い猫だった。
バスマットの上に粗相をした時、それを上手に足で蹴ってくるんで隠したこともまったく同じ。
その上、ノラと同じくある日ふいっと家を出て、そのまま二度と戻らなかった。
「ノラや」を読みながら、私はどうしても、いなくなったヒメを思い出さずにはいられなかった。

私と家族は、「あれは覚悟の上の家出だ。何故って、前の日、いつもは愛想なしのあの子が、こちらが驚くほど擦り寄ってきていた。あれは別れの挨拶だったんだろう。それにごはんもいつもよりたくさん食べていた。食べ溜めしていたんだ。」と口々に言い合ってお互いを慰めた。

だから、どこかで元気に暮らしているに違いない

そう思うことで心に折り合いをつけた。
それでも喪失感は大きく、なかなか気持ちの整理がつかなかった。

その後、はからずも、百間先生はクルツという、ノラに良く似た別の猫を飼うことになるのだが、クルを可愛がりながらも、決してノラのことを忘れていなかった。
ノラのために毎日続けているおまじないを欠かさない。何かの拍子にふとノラを思ってはまた涙する。

昨年、私は18年間連れ添った最愛の猫を亡くした。
行方不明の猫を思って流す涙は、可哀想な猫のための涙だが、亡くした猫に流す涙は、それはどちらかと言えば人間の側のためのものだろう。私は絵に描いたようなペットロス状態に陥った。毎日毎日うっかりすると人前だろうとどこだろうと涙が頬を伝い、慌ててそれをぬぐう。
ふすまを閉めるとき「あ、もう猫が通る隙間を開けておく必要なかったんだ」と思っては涙、魚を食べるとき「これ、あの子が大好きだったなぁ」と思っては涙、もう心置きなく旅行にいけるんだなぁと思ってはまた涙。涙涙涙。
だからクルの描写は、本当に読んでいて辛かった。

「クルやお前か」
このひと言に胸が締め付けられる。
「ノラや」を読んで「笑った」という感想を読んで私は憤った。人の悲しみをなんだと思っているのだ。
深い愛情を注いでいた存在を失って、うろたえる姿がそんなにおかしいか。悲しんで何が悪いのか。

正直、読んだ直後は、去年亡くなった猫を思い出して辛くてしょうがなかったし、読むんじゃなかったなぁと後悔もしたけれど、そうやって事あるごとに思い出して涙を流す、それ自体が、逝ってしまった猫たちへの、そして自分自身への供養になるんじゃないかと思い直した。
そうしてもう一度最初からゆっくり文字をたどり、可愛いノラとクルに思いを寄せた。

ノラもクルも百聞先生も、いまはもうみんなこの世にいない。

それでも、その深い想いは、時を超えて私の心に沁みてきて、知らずまた涙を引き寄せる。
本は凄い。


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Author:道楽猫
日々子育てに仕事に大忙し。
でも家事は忘れても(・_・)読書は忘れない。
そんな道楽猫が、日々の暮らしの隙間をぬって読んできた本の感想を留めたくて開設したブログです。

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