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龍神の雨

龍神の雨 (新潮文庫)龍神の雨 (新潮文庫)
(2012/01/28)
道尾 秀介

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思い込み、思い違い、すれ違い。

人という生き物は、その名の通り、"人の間"にあってこそ存在できるものであろう。
人は一人では決して生きていけない。
しかし、一方で、個々はそれぞれ独立した思考を持つ存在だから、悲しいことにその中では様々な軋轢や諍いも生じてしまう。

「これぐらい言わなくてもわかるだろう。」

「気持ちを汲み取ってほしい。」

往々にして、人は相手にそう期待する。しかし、思いのほか気持ちは真っ直ぐには伝わらないものだ。

私の大好きな森博嗣さんの小説の中にこういう一節がある。

「相手の思考を楽観的に期待している状況……、これを、甘えている、 というんだ。いいかい、気持ちなんて伝わらない。伝えたいものは、言葉で言いなさい。 それが、どんなに難しくても、それ以外に方法はない」(森博嗣『詩的私的ジャック』)

その通りだと私も思う。そして常々自戒している。


この物語は、そういった、"思い違い"、"外面と内面の相違"が産んだ悲劇の物語である。
すべての登場人物が、あとほんの少しずつ思いを率直に口に出していたら、きっとこんな悲劇は生まれなかったろう。
もちろん、それはそれで、また別の騒動も引き起こされたかもしれないけれど、それでも、こんな残酷な事態には至らなかったはず。

常々思うことだが、本当に、人は見かけによらない。
そして、決して自分の目に映っているものがすべてではない。むしろ、ほとんど何も見えていやしないのだ。

そこに気付かず、目に見えているものがすべてで真実、と思い込むところから悲劇は始まった。
人生、生きてさえいれば、大抵のことはやり直しがきく、とよく言われる。
けれど、やはりどうやっても取り返しのつかない物事はある。

この物語の主人公である兄と妹の、これからを思うと胸が痛む。
どんなに悔やもうと誰を呪おうと、自分の行動の落とし前は、自分でつけるしかないのだ。


彼らが見たものは、本当に"龍神"だったのだろうか。
見たいものしか見ようとしない、そんな者の目に映る"それ"が、紛い物ではないとは誰にも言えない。

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日々子育てに仕事に大忙し。
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そんな道楽猫が、日々の暮らしの隙間をぬって読んできた本の感想を留めたくて開設したブログです。

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