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てのひらの中の宇宙

てのひらの中の宇宙てのひらの中の宇宙
(2006/09)
川端 裕人

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だれでもそうだと思うが、小さい頃、私は死が怖かった。
母親が死ぬ夢を見ては飛び起き、傍らにちゃんと母が眠っているのを確認してほっとしていた。
身内が死ぬなんてこと、考えられもしなかった。

けれど5年前、その母の死が現実となった。
父が死に、その僅か1ヶ月後に母も見送ることとなった。

いのちは、どこから来て、どこへ還ってゆくのだろう。

小さな頃からの疑問は、未だ謎のまま。
たぶん自分が死んでも、それを理解することはないのだろう。
だって死は万物に平等に訪れるけれども、自ら感じ取れるものではなく、客観的にしか捉えられるものではないのだから。

子宮体癌の再発のため入院している妻。母親を失うかもしれない5歳と3歳の子どもたちに、父はこの世界の生と死を、どう教えてゆくのか。

青少年読書感想文コンクールの課題図書として選定されていた本書は、息子の夏休みの宿題のため、ずいぶん前に買ってあった。
しかし、身内の死を前面に出している物語が苦手で、なんとなく私自身は手に取らないままになっていた。

身内の死を扱う小説は、どことなくあざといものが多い。死を殊更に美化していたり、それで涙を誘うことが目的であったり。
けれど、実際読むと、本書にはそういった部分がまったくなかった。
そして、あまりの面白さに何故もっと早く読まなかったのだろうと後悔した。

主人公の5歳の息子ミライは、「なぜ?どうして?」真っ盛りな年頃。
理系の父親は、そんな息子の素朴な疑問に、真っ直ぐに向き合う。
そうして、宇宙について生について死について、淡々と、かつわかりやすく息子に語るのだ。

思えば、私も「なぜ?どうして?」少女だった。
物心ついた頃はテレビが映るのがふしぎでふしぎで仕方なく、何度もその原理を母親に問うては「どうしてだろうね」の返事にがっかりしたり、「底なし沼」のことを考えて怖くなってしまったり(本当に底がないのだと思っていた。)もう少し大きくなると、無限とはなんだろうとか宇宙の果てとは?とか、だいたいがぼーっとした子だったので、それはそれは色々と考えていた。
ミライはいいなぁ。「なぜ?」にきちんと答えてくれる存在がいて。
あの頃は、ひとつ物事を知るたびに目の前がぱっと開けて世界が広がるんだよね。
私もこんなとーちゃんが欲しかった。

そして、息子に語りながら、父親自身も様々なことに気付いてゆく。
すべてのものは原子で出来ている、その一番小さいものは素粒子で、と言いつつ

つぶつぶより雲のほうがいいな。境界がはっきりしないほうがいい。

なんて考えていたりする。
そして、すべての生き物は「好き」で繋がっている、と説明をする。
この父ちゃんも結構な夢想家なのだ。
やがて、息子と娘に夜毎語っていた空想の物語を童話として執筆するに至る。
この物語がまたいい。
「人間を背中に乗っけたまま眠っていたカメが目を覚まし、宇宙の果てを目指して旅をする」
てなお話。実際面白い童話になりそう。是非こちらも本当に書いて出版してほしいものだ。

お終いまで読んでも、この物語には劇的なクライマックスなど存在しない。
けれどそこかしこに散りばめられた、きらきらと輝く珠玉の言葉たちは、読み終えて何日も経過してしまった今でも、しずかに心に沈んでいる。
そして、アスカちゃんが「アンモナイト」のダンスを笑いながら踊っている光景がほっこりと浮かぶのだ。
(2~3歳の頃の子ってほんとよく踊るのよね)

それにしても、人ってすごい。
宇宙ほどの大きさのものでも、想像の世界では自分のてのひらに乗っけることさえ出来てしまうんだものね。

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テーマ 書評
ジャンル | 小説・文学

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No title

> 宇宙ほどの大きさのものでも、想像の世界では自分のてのひらに乗っけることさえ出来てしまうんだものね。

このラストの一文!!素敵だわぁ~

宇宙って手が届かなくて捉えどころがなくて謎いところがいいなぁ、とただただぼんやり思います。
理系の人ならぼんやり思うんじゃなくて、客観的事実を積み上げていくんだろうなぁ。。。うらやましい。

読書系女子様♪

そそ、ミライのお父さんは理系の人なので、たとえぼんやりしてても理詰めのぼんやりなのです。
そこがすごい。作者もそういう人なのだろうなと思います。
でも私からすれば読書系女子さんもかなり理系の人!って感じしますけど。

この本で主人公が語る話も知らないことが多くて、色々目からウロコでした。
もっと勉強しなきゃなぁ。

No title

いい家族ですね。
書道家の武田早雲さんが同じようなことを言っていたのを思い出しました。
「僕は子供を師匠と呼んでいます。だって、『なんで?』が多いから。当たり前のことに疑問を持ったとき、答えられないって素敵なこと。僕は答えずに、『なんでだろうね』って一緒に考えるようにしています」
BY かなーり前のDHCオリーブ倶楽部の記事。
子供と一緒に考えることで、大人の自分自身も、何気ない日常に感動を見出すのですね。

あと、全然関係ないのですが、私も「キケン」を図書館で借りてきてしまいました。いつかレビューを書くので、そのときはトラックバックさせてください。よろしくおねがいします。

ジャイ様♪

本当に良い家族でした。
お父さんはミライくんがお母さんに似ていると言い、お母さんはお父さんによく似ていると思っているっていう
そういうところとかね、ああ、家族だなぁってしみじみ感じました。
で、ふだんは虚勢を張って母親のことを「母ちゃん」て呼んでるミライくんが、「ママ死ぬの?」って聞くところとか、胸が締め付けられる思いでした。
「何でだろうね」と聞き返すのが良いというのは私も聞いたことあるんだけど、実際言われると相当がっかりなんですよ(笑)。そこで一緒になって色々考えてくれるんならまた違ったんでしょうけど、流された気がしたんでしょうね。

おお、キケン!
私はどうも辛口になりがちなので、ジャイさんの温かいレビューを楽しみにしています。
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Author:道楽猫
日々子育てに仕事に大忙し。
でも家事は忘れても(・_・)読書は忘れない。
そんな道楽猫が、日々の暮らしの隙間をぬって読んできた本の感想を留めたくて開設したブログです。

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